「親会社が、破産しました」——その電話から、山あいの介護施設が閉じずに済むまで

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西田 幸広 弁護士

監修者:弁護士 西田幸広

法律事務所Si-Law代表 / 熊本県八代市出身 / 熊本を中心に企業法務支援

事業承継のご相談は、たいてい「まだ少し時間がある」という段階から始まります。ところが、まったく違う入り方をする案件もあります。

「親会社が、破産しました」。受話器の向こうの声は、淡々としていました。淡々としているのは落ち着いているからではなく、何が起きたのかまだ飲み込めていないからです。

舞台は、熊本県内の山あいの地域にある介護の事業所でした。通いと泊まりと訪問を組み合わせるサービス、住まいとしての受け入れ、配食まで、その地域の高齢者の暮らしを何重にも支えていた場所です。赤字が続き、借入は資産を上回り、建物には抵当権が付いていました。

この記事では、当社がお手伝いし、すでに事例として公開している一件を題材に、「債務超過の会社でも事業は継げるのか」「建物に担保が付いているとき、承継の設計はどう変わるのか」を、弁護士の視点で整理します。会社の借入の重さを誰にも言えないまま抱えている方に、読んでいただきたい内容です。

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「親会社が、破産しました」——その電話が、山あいの施設にかかってきた朝

事務所の机で受話器を握り、深刻な表情でうつむく年配の経営者と、心配そうに見守る若い職員

その事業所は、集落が点在する山あいの地域にありました。高齢化率が高く、自宅で暮らし続けるための支えが切実に求められている地域です。

通いと泊まりと訪問を組み合わせるサービス、住まいとしての受け入れ、日々の配食、介護予防の教室まで、提供していたものは一つではありませんでした。地域の高齢者の一日が、いくつもの線でその事業所とつながっていました。

その事業所を運営していた会社が、ある冬、立っていられなくなります。会社自身が破産したのではありません。支えていた親会社が、破産手続に入ったのです。

代わりがない、という重さ

都市部であれば、ひとつの事業所が閉じても、少し離れた別の事業所が受け止めてくれます。利用者には不便ですが、行き先はあります。

山あいの集落では、それがありません。同じようなサービスを探せば、車でずいぶん走ることになる。送り出す家族にとっても、通う本人にとっても、現実的な選択肢になりません。

だからこの地域では、ひとつの事業所が閉じることは「選択肢が減る」ことではなく、「選択肢が無くなる」ことに近い。この重さが、のちの判断すべての前提になりました。

これは、介護に限った話ではありません。地域に一軒しかない建設会社、一軒しかない工場、一軒しかないスタンド。人口が減っていく地域では、会社の存続が、そのまま地域の生活の存続と重なっていきます。承継を「会社の都合」だけで考えられなくなるのは、このためです。

支えていた一本の柱が、ある朝なくなる

運営会社は、もともと別の会社の一部門でした。数年前に会社分割という方法で介護の部門だけを切り出し、独立した会社になっていました。

分かれたとはいえ、資金の面では親会社が後ろにいます。設備の更新にも、入金と支払のずれにも、親会社の支えがある前提で回っていました。

その柱が、ある朝なくなります。親会社が破産を申し立てた。運営会社そのものは破産していないのに、立っていられなくなる。グループで事業をしている会社に特有の、いちばん怖い揺れ方です。

真っ先に止まるのは、事業ではなく「お金の流れ」

こういう場面でも、現場はしばらく動き続けます。朝の送迎は出ますし、お風呂も食事も止まりません。職員は、目の前の仕事をしています。

先に止まるのは、お金の流れです。そして止まり方が、驚くほど速い。

資金を支えていた会社が倒れると、立替えも、季節のずれの穴埋めも、設備の修理も、同時に止まります。売上は変わっていないのに、翌月の支払いが組めなくなる。経営者が最初に味わうのは、この「売上と資金のねじれ」です。

この速さを知っているかどうかで、相談のタイミングが変わります。

「期限の利益の喪失」という一通

金融機関から届く通知に、「期限の利益の喪失」という言葉が入ることがあります。約定どおりに分割で返していける扱いを、やめます、という意味です。

一般には、これが届くと、残っている借入金を一括で返すよう求められる立場になります。そして、担保に取られている土地建物の処分が、現実の話として前に出てきます。

事業所の建物と敷地に抵当権が設定されていれば、「この建物で明日も介護を続けられるのか」という問いが、そのまま経営の問題になります。要件や効果は契約の内容によって変わるため、実際に通知を受けたときは、通知の原文と契約書を必ず突き合わせて確認してください。

給与支払日という、動かせない締切

承継の交渉には、相手の都合も資料の準備もあり、どうしても時間がかかります。ところが現場には、絶対に動かせない日があります。給与の支払日です。

職員の給与が払えなければ、人は離れます。介護は人がいて初めて成り立つ事業なので、人が抜けた時点で、承継する価値そのものが崩れていきます。

つまりこの種の案件は、「よい条件を探す交渉」ではなく「次の支払日までに形をつくる工事」になります。優先順位の付け方が、ふつうのM&Aとはまるで違います。

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「債務超過の会社は売れない」は、本当か

赤字が続き、借入が資産を上回っている。こう聞くと、ほとんどの方が「うちは売れないだろう」と考えます。そう思って誰にも相談しないまま廃業を選ぶ会社が、毎年とてもたくさんあります。

けれども、承継の現場で起きていることは、少し違います。

買い手が見ているのは、純資産ではなく「明日も続くか」

承継を考える同業者が最初に見るのは、貸借対照表の下のほうではありません。毎朝何人が通ってくるか、職員が残っているか、地域からの信頼が残っているか。つまり「明日も続く事業か」です。

利用者がいて、職員がいて、許認可があり、建物がある。これを一から立ち上げるには何年もかかります。すでに動いているものを引き受けられるのなら、債務の整理に手間がかかっても、引き受ける意味がある。

事業の価値と、会社の財務は別のものです。債務超過の会社の承継は、そのことがいちばん分かりやすく表れる場面だと思います。

価格が小さくても、承継が成立する理由

債務の重い会社の承継では、譲渡の対価そのものは小さくなりがちです。場合によっては、売り手の手元にほとんど残らないこともあります。

それでも、売り手にとって意味があります。事業が続けば、職員の職場が残り、利用者の暮らしが続き、取引先への支払いも途切れない。清算してしまえば、そのすべてが同時に消えます。

「いくらで売れるか」ではなく「何を残せるか」。この物差しに切り替えられるかどうかが、債務超過の会社の承継の分かれ目になります。

廃業と承継の分かれ目は、だいぶ前に来ている

ただし、いつでも間に合うわけではありません。承継できるかどうかの分かれ目は、資金が完全に尽きる日よりも、かなり前にあります。

職員が辞め始めた、利用者や取引先が離れ始めた、主要な設備が使えなくなった。この段階を越えると、引き受ける側から見て「立ち上げ直したほうが早い」事業になってしまいます。そうなると、もう承継の相手は現れません。

ですから、相談のいちばんよいタイミングは「まだ回っているが、先が見えない」ときです。見栄えの悪い決算書を見せるのは気が重いものですが、資料が悪いことよりも、時機を外すことのほうが、はるかに大きな損になります。

別記事では「黒字廃業になってしまう理由と、解散清算の手続き」、「M&Aの「0円譲渡」の条件とリスク」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

建物に抵当権が付いているとき、承継の設計はどう変わるか

担保の付いた建物で事業を止めずに承継するための組み方を、切り離した場合とひとつの束で動かす場合で比較した図解

介護や医療、宿泊、飲食のように「場所」と結びついた事業では、承継の難所がほとんど不動産に集まります。

このときに絶対にやってはいけないのが、不動産の処分と事業の承継を、別々の話として進めることです。

建物と事業を切り離すと、どちらも死ぬ

建物だけを売れば、買った人は事業を続ける義務を負いません。事業だけを承継しても、翌月から使える建物がなければ、サービスは止まります。

片方だけが先に決まると、もう片方の交渉力が一気に落ちます。担保を持っている金融機関にとっても、事業が止まった建物の値段は下がる。全員が損をする結び方です。

だから設計の出発点は、「不動産・設備・許認可・雇用を、ひとつの束として動かす」ことになります。

売却代金の行き先まで含めて、一本の図にする

具体的には、不動産を任意売却の形で動かし、その代金を抵当権を外すための原資に充てる。そのうえで、日付のならびを合わせて事業の譲渡を成立させる、という組み方になります。

金融機関にとっては、競売を待つより回収が見込める。承継する側は、担保の付いていない建物で事業を始められる。利用者と職員にとっては、通う場所が変わらない。

条件が整うかどうかは案件ごとに違います。ただ、少なくとも「不動産の話は後で」と後回しにした案件は、ほぼ必ずどこかで行き詰まります。

金融機関には、できるだけ早く同じ絵を見せる

担保を持っている金融機関を、交渉の最後に呼ぶのは失敗の典型です。順番としては、むしろ早いほうがよい。

担保権を持つ側からすれば、いちばん困るのは「気がついたら事業が止まっていて、建物だけが残っていた」という事態です。事業が続く形で処分できるなら、回収の見込みは上がります。つまり、承継の設計図は、金融機関にとっても悪い話ではありません。

大事なのは、こちらの希望ではなく、全員の取り分と段取りが一枚に描かれた絵を持っていくことです。「待ってください」というお願いではなく、「この順番なら全員が回収できます」という提案にする。それができるかどうかで、同じ案件が成立したり、競売に流れたりします。

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株主が「破産管財人」になるという、めずらしい構図

この案件がとくに難しかったのは、交渉のテーブルに座る相手が、ふつうの売り手ではなかったことです。

運営会社の株式を持っていたのは、破産した親会社でした。親会社が破産すると、その持ち株も破産手続のなかで管理される財産になります。

管財人は、売り手の味方でも敵でもない

破産管財人は、裁判所から選ばれて破産した会社の財産を整理する立場です。多くは弁護士が務めます。その役割は債権者に公平に配ることであって、子会社の事業を守ることではありません。

だから、管財人に「地域のために事業を残しましょう」と情で訴えても、話は動きません。必要なのは、この承継が破産手続の側から見ても合理的だと説明できる材料です。

逆に言えば、筋が通っていれば強力な味方になります。この案件でも、管財人は資産の清算だけを見ていたわけではなく、利用者と職員の生活が続くことを正面から考えて動いていました。

動かすために、裁判所の許可が必要になる局面がある

株主としての議決権を使う、担保を新しく設定するといった重い行為については、管財人が裁判所の許可を得てから進める場面があります。

手続の安全のために必要なことですが、当然、時間がかかります。先ほど書いた「給与支払日」という締切と、まっすぐぶつかります。

ですから、この種の案件で支援する側がやるべき仕事は、値段の交渉ではありません。誰のどの許可がいつ必要かを並べ、間に合う順番に組み直していく工程表づくりです。許可の要否や範囲は事案によって異なるため、個別に確認が必要になります。

この案件では、管財人が裁判所の許可を得て手続を進め、そこから資金が入り、事業の譲渡が成立するところまで、糸がつながりました。どれか一つが遅れれば、どこかで現場が止まっていたはずです。承継の仕事が「法律の仕事」と「段取りの仕事」の両方だと感じるのは、こういう案件のときです。

つなぎの資金が、交渉の時間を買った

承継の手続が整うまでには、どうしても日数がかかります。けれども、現場の支払いは待ってくれません。

この二つのあいだを、どう埋めるか。実はここが、危機的な状況にある会社の承継で、いちばん工夫が要るところです。

「買う前に、貸す」という橋のかけ方

この案件で取られたのは、承継する側が、譲渡が成立する前の段階で運営会社に資金を入れるという形でした。その資金で当面の支払いを乗り越え、手続が整うのを待つ。いわば、向こう岸に渡るまでの橋をかける動きです。

もちろん、貸す側にとっては危険のある行為です。承継が成立しなければ、回収できるかどうか分かりません。ですから、担保の設定や、関係者の同意、必要に応じた裁判所の許可といった手当てを、同時に積み上げていくことになります。

この一手があったから、給与の支払日を越えられました。職員が残り、利用者が残り、承継する価値が保たれた。資金は、物を買うためではなく、時間を買うために使われたことになります。

橋をかけてもらう側が、先に用意しておくもの

こうした資金を入れてもらうには、相手が判断できる材料が要ります。毎月の入出金の見通し、何日にいくら足りないのか、どの支払いなら少し待ってもらえるのか。

逆に言えば、この資料が作れない会社には、誰も橋をかけられません。承継の相談をお受けして、まずこの一枚を一緒に作るところから始める案件も、決して少なくありません。

数字を整えるのは、きれいに見せるためではありません。相手が「ここまでなら動ける」と判断できる形にするためです。粉飾とは正反対の作業だと思っていただくとよいと思います。

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「いったん終わらせて、もう一度結ぶ」——事業譲渡という形式の正体

事業を引き継ぐ方法は、ひとつではありません。株式を買う方法もあれば、事業そのものを買う方法もあります。

借入や過去の経緯をそのまま引き継ぎたくない場面では、事業譲渡という形が選ばれることが多くなります。ただしこの形には、現場にとって独特の痛みがあります。

契約は引き継がれず、結び直される

事業譲渡では、利用者との契約も、職員との雇用も、自動的には移りません。原則として、いったん終わらせて、新しい会社との間で結び直すことになります。

書類の上では、解除と解約、そして新規の契約です。長く働いてきた職員にとって、気持ちのよい手続ではありません。

だから、条件の設計がそのまま信頼の問題になります。給与や勤務の形をどう引き継ぐか、有給や勤続年数の扱いをどう決めるか。ここを曖昧にしたまま進めると、承継の直後に人が抜けます。

ご家族への説明は、事務手続ではない

利用者とご家族への説明は、実務上は「契約の切り替えのお願い」です。けれども受け取る側にとっては、「この先も同じ場所で、同じ人に見てもらえるのか」という話です。

ここで「経営が変わります」だけを伝えると、不安だけが残ります。変わらないもの(場所・顔ぶれ・サービスの中身)を先に、変わるもの(契約の相手と書類)を後に説明する。順番だけで、受け取り方はずいぶん違います。

法的には断絶、実態としては継続。この二つを同時に成立させることが、承継を支える側のいちばん地味で、いちばん大事な仕事だと思っています。

この案件でも、書類の上では契約がいったん切れ、雇用もいったん終わっています。それでも、通ってくる人にとっては、昨日と同じ職員が、昨日と同じ場所で迎えてくれる毎日が続きました。手続の冷たさを、現場の連続性で包み直す。承継の成否は、そこに手間をかけられたかどうかで決まります。

別記事では「事業譲渡で従業員の勤続年数や有給はどうなるか」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

介護の指定は、黙って付いてはこない

役所の窓口で書類を広げ、担当者から手続の説明を受ける承継後の経営者と職員

許認可が要る事業の承継では、価格よりも先に確かめることがあります。「その許可は、引き継げるのか」です。

そして多くの場合、答えは「自動では引き継げない」になります。

許可は「建物」ではなく「事業者」に付いている

介護保険のサービスは、事業者が指定を受けて初めて提供できます。この指定は、事業所の建物に付いているのではなく、その事業者に付いています。

つまり、運営する法人が変われば、原則として新しい法人の側で手続が必要になります。建物と職員がそのままでも、制度の上では別の事業者です。

建設業の許可でも、飲食や運送でも、同じ構造の問題が出ます。承継の方法を選ぶ段階でこの一点を外すと、後から日程が崩れます。

一日でも空白ができると、現場が止まる

手続には、所定の届出と審査の期間があります。ここで一日でも空白ができると、その日のサービスは制度上の裏付けを失います。

利用者に請求できず、職員は働いているのに売上が立たない。承継のいちばん晴れやかな日に事業が止まるという、笑えない事態になります。

だから、行政の窓口と早い段階で日程を合わせておくことが要ります。許認可の要る事業の承継では、これが契約書の文言より先に来ます。必要な手続や期間は制度や自治体によって異なるため、所管の窓口への確認が欠かせません。

実務では、契約書の日付を手続の都合に合わせて決めていきます。「話がまとまったから、来月一日から」とはいかない。承継の期日は、当事者の気持ちではなく、役所の暦で決まるものだと考えておいたほうが安全です。

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それでも「継ぐ」と言ったのは、遠くの大手ではなかった

債務が重く、建物に担保が付き、株主は破産管財人。条件だけを並べれば、手を出す理由のない案件です。

それでも引き受けたのは、同じ地域に拠点を持つ、若い経営者でした。

採算より先に、口にしたこと

その方が最初に言ったのは、利回りの話ではありませんでした。この地域から介護の選択肢を無くしてはいけない、ということでした。

きれいごとに聞こえるかもしれません。けれども地元で事業をしている人にとって、これは理念ではなく生活の話です。自分の家族も、職員の親も、いずれここを使うことになります。

承継の交渉で、売り手が最後に相手を選ぶ決め手になるのは、だいたいこういう一言です。金額ではないことのほうが、むしろ多いと感じます。

「近い」ことは、承継では強みになる

遠方の大きな会社に引き受けてもらうほうが、資金力の面では安心に見えます。しかし、現場の立ち上げ直しが必要な案件では、距離が重くのしかかります。

地元の同業であれば、職員の顔を知っている、行政の窓口を知っている、どの集落から誰が通っているかを知っている。引き継ぎの速さが、まるで違います。

熊本県南や県内の山あいの地域で相手を探すとき、「県外の大手」よりも「近くの同業」を先に当たるほうが成立しやすい場面は、確かにあります。

ただし、近いことには別の難しさもあります。同じ商圏で長く見知っている相手だからこそ、言いにくいことが言えない。だから、条件のきつい部分は第三者が間に入って文書にしておく。関係が近い承継ほど、書面を丁寧に作ったほうが、後々の付き合いが楽になります。

承継の一年後に起きたこと——「見える化」で黒字に変わる

承継が成立した日は、ゴールではありません。借入の重さがなくなっても、赤字の体質はそのまま残っています。

この案件で起きたことは、特別な手法ではありませんでした。

サービスごとに、収支を分けて見る

複数のサービスを提供している事業所では、全体の損益しか見ていないことが珍しくありません。どの事業で稼ぎ、どの事業を埋めているのかが分からないままになっています。

新しい代表がまずやったのは、サービスごとに収支を分け、稼働率を一つずつ上げていくことでした。あわせて、職員が働きやすい体制を地道に整えていきました。

一年後、連続して赤字だった事業は黒字に変わりました。手法としては地味ですが、承継の後に伸びる会社は、だいたいここから始めています。

利益は目的ではなく、約束を果たすための手段

黒字になったことの意味は、数字そのものではありません。職員の雇用が安定したこと、利用者が同じ職員に見てもらい続けられること、です。

余力が出てからは、配食の配達エリアを広げ、ひとり暮らしの高齢者への声かけを増やし、地域の集まりや学校との行事も始まりました。承継の前には、できなくなっていたことです。

利益は目的ではなく、地域に必要とされ続けるための手段である。新しい代表の言葉は、事業承継という仕事の目的を、いちばん短く言い表していると思います。

売り手にとっても、ここがいちばんの救いになります。手元に残った金額は小さくても、自分が長い年月をかけて作ったものが、無くならずに次の人の手で伸びている。承継の後で「あれでよかった」と言えるかどうかは、たいていこの一点で決まります。

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熊本県南で、同じ不安を抱えている社長へ

この案件でいちばん幸運だったのは、間に合ったことでした。もう少し遅ければ、職員が離れ、利用者が移り、残せるものが無くなっていたはずです。

「もう手遅れ」と思っている段階が、いちばん早い

借入が返せない、グループの様子がおかしい、金融機関の態度が変わった。この段階で「もう相談しても無駄だ」と考える方が、とても多いです。

実際には、その時期がいちばん手を打てます。事業が動いていて、職員が残っていて、許認可が生きているからです。止まってから来られると、できることはぐっと減ります。

逆に言えば、早ければ「承継」以外の選択肢も残ります。再生、縮小、一部だけの譲渡。選べる状態でいること自体が、いちばんの備えです。

相談の入り口は、どこでもかまいません

当方では、熊本県南を中心に、事業承継と会社の借入の整理を同じ机の上で考えるご相談をお受けしています。売る話と、借入の話と、職員の話は、切り離せません。

まだ社内の誰にも言えない、という段階でかまいません。会社名を伏せたままのご相談も受けています。

お聞きするのは、たいてい三つだけです。いま何がいちばん不安か、いつまでに何を越えなければならないか、そして最後に何を残したいか。この三つが並べば、取れる手はおおむね見えてきます。

別記事では「熊本県で事業承継を相談できる窓口と法律面の注意点」、「零細企業でも事業承継はできるのか」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

山あいのその事業所は、いまも同じ場所で続いています。朝の送迎が出て、お風呂が立ち、弁当が届く。外から見れば、何も変わっていません。

何も変わっていないように見えることが、承継という仕事の成果です。会社の形は変わり、契約は結び直され、裁判所の手続まで通りました。それでも、通ってくる人の一日は変わらなかった。

「うちは借入が多いから無理だ」と思っている社長に、ひとつだけお伝えしたいことがあります。会社の財務と、事業の価値は、別のものです。残したいものがあるのなら、まだ手はあります。まずは今の状況を、順番に整理するところからで構いません。LINEなら匿名のままでもご相談いただけます。

※本記事は、当社が公開している承継事例をもとに、関係者が特定されないよう地域・時期・規模の数値を丸め、弁護士の視点で論点を一般化して構成したものです。また、制度や手続の取扱いは改正や運用の変更があるため、具体的な判断にあたっては最新の要件を必ずご確認ください。

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