「お相手は、もう何社かご紹介しています」——大手仲介会社の担当者が来た日に、社長が確かめるべきだったこと

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西田 幸広 弁護士

監修者:弁護士 西田幸広

法律事務所Si-Law代表 / 熊本県八代市出身 / 熊本を中心に企業法務支援

「情報収集のつもりで、届いたダイレクトメールの一社に問い合わせただけなんです。そうしたら、すごい勢いで連絡が来るようになって、困っていまして」。会社の将来を考え始めた経営者から、こういう話が出てくることがあります。

相手は悪い人ではありません。むしろ丁寧で、仕事が速く、熱心です。「社長の会社でしたら、もう何社かお相手の候補をご紹介できています」。そう言われたとき、嬉しさと同時に、どこか落ち着かない気持ちになる。その落ち着かなさには、はっきりした理由があります。

理由は、担当者の人柄ではありません。その人が、どこに立っている人なのかという、立場の構造の話です。M&Aの支援には「仲介方式」と「アドバイザリー方式」という二つの型があり、どちらを選ぶかで、受け取る助言の読み方が変わります。

この記事では、承継支援の現場で繰り返し出てくるこの場面を題材に、弁護士の視点で「最初に確かめておきたいこと」を整理します。会社を売ると決める前の、いちばん静かな時期に読んでいただきたい内容です。

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「もう何社か、お相手をご紹介しています」という電話

一枚の名刺を手に、困った表情で考え込む年配の経営者と、隣で静かに話を聞く相談相手

はじまりは、たいてい一通のダイレクトメールです。「御社の事業承継のお手伝いができます」。封を切って、捨てるでもなく机の端に置いておく。そういう郵便物が、経営者のもとには驚くほど届きます。

ある日、その中の一社に問い合わせてみる。年齢のこと、子どもが継ぐ気配がないこと、社員のこと。頭の中でぐるぐる回っていたものを、誰かに整理してほしかっただけかもしれません。

電話口の相手は、よく聞いてくれます。「社長、よく決断されましたね」「同じようなお悩みの方を、たくさん見てきました」。長いあいだ誰にも言えずにいた話を、はじめて最後まで聞いてもらえる。その安心感は、思っている以上に大きいものです。

「情報収集のつもりだった」のに、話が先へ進んでいる

ところが、一度の問い合わせから先が速い。数日おきに連絡が入り、資料が届き、担当者が訪ねてくる。気づけば「御社に関心を持ちそうな会社が、もう何社かあります」というところまで話が進んでいる。

社長からすれば、まだ「売ると決めた」わけではありません。家族にも、社員にも、何も言っていない。それなのに、外ではもう相手探しが始まっているように見える。この時間差が、違和感の正体です。

そして、こう言われます。「社長が信頼されている先生がいらっしゃるなら、私からもご説明に伺います」。顧問の税理士や弁護士のところまで、担当者が挨拶に来る。断る理由もないので会うことになる——こういう展開も、決して珍しいものではありません。

熱心さそのものを疑う必要はない

ここで誤解のないように書いておきますが、熱心に動いてくれること自体は、悪いことではありません。大手のM&A仲介会社には、豊富な買い手のネットワークがあり、実務の経験も蓄積されています。相手探しの速さは、本物の強みです。

問題は「熱心かどうか」ではなく、「その熱意が、どちらを向いているか」を、依頼する側が知った上で付き合えているかどうかです。これは人柄の問題ではなく、仕組みの問題として考えたほうが、結果としてお互いに気持ちよく進みます。

実際、支援者同士で顔を合わせて話してみると、相手も真面目に仕事をしている人であることがほとんどです。立場が違うだけで、敵ではない。ただ、立場が違うという一点は、社長が知っておかないといけないことです。

社長が感じた違和感の正体は、「速さ」ではなく「順番」だった

話を聞いていくと、社長が引っかかっていたのは、連絡の頻度ではありませんでした。判断するための材料より先に、選択肢のほうが出てきていること。順番が逆だ、という感覚です。

本来なら、先に決めておきたいことがある

会社を第三者へ渡すとき、相手探しより前に整理しておきたいことがいくつもあります。何を守りたいのか(社員の雇用か、屋号か、取引先との関係か)。いつまでに退きたいのか。退いた後、自分は会社にどう関わるのか。借入の個人保証をどう外すのか。家族の中で意見は割れていないか。

こうした「譲れない線」を自分の言葉で持っていないまま相手候補を見ると、条件の良し悪しを測る物差しがありません。物差しがないところに具体的な数字が出てくると、人はその数字を物差しにしてしまいます。

「このくらいにはなると思いますよ」。早い段階で、悪気なく示された金額の目安。それがその後ずっと社長の頭の中に残り、実際の評価がそこに届かなかったときに「話が違う」という感情を生む。こういうすれ違いは、順番を入れ替えるだけで、かなりの部分が防げます。

「もう相手がいます」と言われると、断りにくくなる

もうひとつ、心理の問題があります。「関心を持っている会社が複数あります」と伝えられた瞬間、社長の中には「期待させてしまった」「ここで止めたら申し訳ない」という気持ちが生まれます。

まだ何の契約もしていない段階なのに、降りにくくなる。承継の相談では、この「降りにくさ」が後になって効いてきます。本当は迷っているのに、迷っていると言えないまま話が進む。その先で起きるのは、たいてい、終盤での急ブレーキです。

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「仲介」と「アドバイザリー」——同じM&A支援でも、立っている場所が違う

仲介方式とアドバイザリー方式の違いを契約の相手・報酬・得意なこと・注意点で比べた図解

ここからが、この記事の中心です。M&Aの支援には、大きく分けて二つの型があります。言葉は似ていますが、支援者が立っている場所がまったく違います。

仲介方式——売り手と買い手の「間」に立つ

仲介方式では、支援者は売り手と買い手の両方と契約を結びます。両者の間に立って話を整理し、条件のすり合わせをして、成立まで導く型です。報酬も、一般には双方から受け取ります。

この型の強みは、まとめる力です。片側だけの主張をぶつけ合うのではなく、双方の事情を知っている人が間に入るので、話が前に進みやすい。相手探しのネットワークを持つ会社であれば、速さも出ます。

不動産の売買で、同じ業者が売主と買主の両方を担当する形を思い浮かべていただくと、イメージが近いかもしれません。手続きは速く、話は通りやすい。そのぶん、どちらか一方の立場を強く押し出すことは難しくなります。

アドバイザリー方式——どちらか一方の「側」に立つ

アドバイザリー方式(FA方式とも呼ばれます)では、支援者は売り手か買い手の、どちらか一方とだけ契約します。報酬も、依頼した側だけが払います。業界では、これを「片手」と呼ぶことがあります。

この型の強みは、立場がはっきりしていることです。依頼者の利益を正面から主張できる。「この条件は受けないほうがよい」「ここは押し返しましょう」と、迷いなく言える。交渉ごとでは、これがかなり大きい差になります。

一方で、相手方にも支援者が必要になるので、関係者は増えます。双方が自分の主張をするぶん、まとまるまでに時間がかかることもあります。速さより、納得の深さを取る型だと考えるとわかりやすいと思います。

M&Aが初めてで、何を聞かれるのか、何を守るべきなのかがまだ見えていない段階なら、一方の側に立ってくれる人がいることの安心感は大きいはずです。わからないことを、わからないまま聞ける相手が要ります。

どちらが良い悪い、ではなく「構造」の話

大事なのは、仲介が悪くてアドバイザリーが良い、という話ではないということです。仲介方式にも、アドバイザリー方式にも、向いている場面があります。

ただ、仲介方式は構造として、一方だけの味方には立てません。それは担当者の誠実さとは関係がない、立場そのものの性質です。売り手と買い手の利害は、価格でも、表明保証の範囲でも、引き継ぎ期間でも、どこかで必ずぶつかります。そのぶつかる場面で、間に立つ人は「どちらの側にも寄らない」という形で振る舞うほかありません。

国が示している「中小M&Aガイドライン」でも、仲介者が双方から手数料を受け取る場合にその旨を明示することや、利益相反のおそれがある事項を説明することなどが求められています。ガイドラインは改定されることがあるため、最新の内容は中小企業庁の公表資料で確かめてください。制度が「説明すべきこと」として挙げているという事実は、それだけこの構造が意識されているという意味でもあります。

「買い手と強くつながっています」は、強みであり、注意点でもある

大手の担当者が自社の強みを説明するとき、よく出てくる言葉があります。「我々は、買い手企業と強いつながりを持っています」。これは本当に強みです。だからこそ、同時に見ておきたい面もあります。

その「つながり」は、どちらと続くのか

会社を売る社長にとって、M&Aは人生で一度きりのことです。一方、買い手として何社も買っていく会社は、同じ支援会社と何度も取引します。「次」があるのは、どちらでしょうか。

これは誰かを責める話ではありません。仕事の続き方としてそうなっている、というだけのことです。ただ、一度きりの側に立つ人間としては、この非対称を知った上で交渉に臨みたいところです。

売り手は、交渉の作法を知りません。どこまで聞いてよいのか、どこで粘ってよいのか、何が普通で何が普通でないのか。買い手は何度も経験していて、それを知っています。この差を埋めるのが、本来は支援者の役目です。

情報の出し方にも、同じことが起きる

売り手にとって不利に働きそうな事実——設備の更新が必要なこと、特定の取引先への依存、属人的な技術——は、買い手にとっては価格を下げる材料になります。この事実を、どのタイミングで、どういう言葉で伝えるか。ここに支援者の判断が入ります。

一方の側に立つアドバイザーなら、「隠さずに出すが、背景と対策もあわせて示す」という整理ができます。間に立つ立場の人は、どちらの味方にもなれないぶん、事実を事実として置くことになる。同じ情報でも、受け取られ方が変わります。

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「中立です」という言葉が、保証していること・していないこと

仲介の説明でもうひとつよく聞くのが「当社は中立です」という言葉です。これは嘘ではありません。ただ、中立という言葉が何を意味しているかは、整理しておく価値があります。

中立とは「どちらにも肩入れしない」ということ

中立とは、どちらにも肩入れしない、という意味です。公平に扱うという約束ではありますが、社長の代わりに踏みとどまってくれる、という意味ではありません。

交渉の終盤、買い手から条件の修正が出たとします。「この点は譲ってもいいのではないですか」と言う人と、「ここは譲らないでいきましょう」と言う人。中立の立場にいる人は、前者になりやすい。それは不誠実だからではなく、まとめることがその人の役割だからです。

デューデリジェンスの後に、価格の見直しが提案されることがあります。指摘された内容が妥当なこともあれば、過大に見積もられていることもあります。そのとき、指摘の中身を一つずつ吟味して「これは受け入れる、これは根拠が薄い」と仕分けをする人が、売り手の側に必要になります。

では、誰が「押し返す人」になるのか

承継の交渉で、売り手側に押し返す人が一人もいない状態は、あまり良い状態とは言えません。仲介方式を選ぶ場合でも、契約書の内容や表明保証の範囲について、売り手の側で見る専門家を別に置いておくという形はとれます。

弁護士がこの役回りを担うことは珍しくありません。支援方式そのものは仲介で進めつつ、最終契約の手前で「この条項は、後で何が起きるとどうなるか」を売り手の立場から点検する。この一枚があるだけで、クロージング後のトラブルの芽はかなり減ります。

とくに目を通しておきたいのは、表明保証の範囲と期間、補償の上限、競業避止義務の年数と地域、そして社長が譲渡後に会社へ関与する期間と条件です。どれも、署名の時点では「まあ大丈夫だろう」と思える条項ばかりです。効いてくるのは、だいたい一年後から先のことです。

報酬の「下限」が、小さな会社の選択肢を静かに削っていく

支援方式の次に確かめておきたいのが、報酬です。ここは感情の話ではなく算数の話なので、早い段階で書面にしておくのがいちばんです。

成功報酬の計算と、最低手数料

M&Aの成功報酬は、譲渡価額などの基準額に、金額の区分ごとに定められた料率を掛けて合算する「レーマン方式」で計算されるのが一般的です。基準額に何を使うか(株式の譲渡価額だけか、負債を含めた移動総資産か)で、同じ料率でも結果はかなり変わります。

そして多くの会社が、この計算とは別に「最低手数料」を定めています。計算結果がいくらであっても、下回る場合はこの金額、という下限です。金額は会社によって大きく異なり、改定もされるので、具体的な水準はその都度、最新の料金表と契約書で確かめてください。

聞きにくいと感じる方が多いのですが、ここは遠慮せずに聞いてよいところです。料金を明確に説明できることは、支援する側にとっても信用の一部です。口ごもられたときは、その反応自体が情報になります。

下限は、規模の小さい会社ほど重くのしかかる

最低手数料という仕組みは、規模の小さい案件ほど負担が重くなります。譲渡価額に対する実質的な料率が跳ね上がるからです。

逆に言えば、最低手数料が高く設定されている支援会社は、構造として小規模な案件を扱いにくくなります。熊本県南のように、社員が十数人、売上が数億円という規模の会社が地域経済の中心を占めている地域では、ここは見過ごせない論点です。「最初は丁寧に説明してくれたのに、途中から連絡が減った」という話の背景に、この構造があることがあります。

報酬は、結局どこから出ていくのか

もうひとつ見ておきたいのは、報酬の出どころです。売り手・買い手の双方が手数料を払うということは、買い手は「買収価格+手数料」を負担するということです。買い手の予算が一定なら、手数料の分だけ、社長に届く金額は小さくなりやすい。

これは、どの方式が得か損かという単純な話ではありません。ただ、手数料は空から降ってくるのではなく、取引の中から出ていくという当たり前のことは、契約前に意識しておいて損はありません。着手金・月額報酬・中間金の有無、そして途中でやめたときに何が返ってこないのかも、あわせて書面で確認しておきたいところです。

別記事では「事業承継の仲介手数料の相場とレーマン方式の計算」、「M&Aの売り手側の手数料と契約書の確認点」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

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「片手でも引き受けてもらえますか」と聞いてみる

机に二つの書類の束を並べ、違いを指さして経営者に説明する弁護士

ここまで読んで、「では大手に頼んではいけないのか」と思われたかもしれません。そうではありません。聞き方を一つ変えるだけで、同じ会社と、違う形で組める場合があります。

「片手」とは何か

片手とは、双方から報酬を受け取る仲介ではなく、どちらか一方だけのアドバイザーとして関わる形です。大手の仲介会社でも、案件によっては片手で受けることがあります。

「御社には買い手のアドバイザーとして入っていただいて、私の側には別の支援者を置く、という形は可能ですか」。この一問は、失礼な質問ではありません。むしろ、こちらが仕組みを理解した上で話していることが伝わるので、その後の説明が具体的になります。

返ってきた答えの読み方

「片手でも対応できます」と返ってくるなら、選択肢が広がります。「当社は両方に入る形でないとお受けしていません」という答えでも、それはそれで方針として筋が通っています。どちらの答えでも、こちらが知りたかったのは、その会社のやり方がどうなっているかであって、相手を試すことではありません。

大切なのは、答えを聞いた上で、社長自身が選んでいるという事実です。選んだ覚えのないまま進んだ承継は、後から振り返ったときに納得が残りません。

承継が終わったあと、社長が口にされるのは、価格のことばかりではありません。「自分で決めた」と思えているかどうか。それが、譲った後の数年の気持ちを左右します。

担当者と向き合う場で、確かめておきたい7つのこと

実際に担当者と話すとき、その場で聞いておくとよいことを並べます。難しい専門用語は要りません。素朴に聞いて、相手の答えをメモしておくだけで十分です。

  • 御社は、私(売り手)だけのアドバイザーですか。それとも買い手とも契約する仲介の立場ですか
  • 双方から報酬を受け取る形になる場合、その金額と計算方法はどうなりますか
  • 成功報酬の基準額は何ですか(株式の譲渡価額か、負債を含む金額か)。最低手数料はいくらですか
  • 着手金・月額報酬・中間金はありますか。途中でやめた場合、返ってくるものと返ってこないものは何ですか
  • この契約は専任ですか。専任なら期間はどれくらいで、その間に他へ相談することはできますか
  • 契約が終わった後に当事者同士で話がまとまった場合、報酬が発生する取り決め(いわゆるテール条項)はありますか
  • 私の側で契約書を点検する弁護士を別に置くことに、支障はありませんか

口頭の説明と、書面を突き合わせる

この7つは、どれも契約書に書かれているはずの事項です。だから本当のところは、口頭の説明と契約書の文言が一致しているかを、署名の前に突き合わせるだけでよいことになります。

ところが実際には、分厚い契約書を前にすると「ご説明いただいたとおりですよね」と確認を省いてしまいがちです。承継の相談で後から困りごとになるのは、たいてい、このとき読み飛ばした数行のところから出てきます。

とくに、専任の期間と、契約を終えた後の取り決めは、口頭では軽く触れられがちな項目です。「もちろん、いつでもやめていただいて構いませんよ」という説明と、書面に書かれた条件が、同じ意味かどうか。そこだけは見ておきたいところです。

その場で署名しない、というだけで十分

もし一つだけ守るとしたら、「その日は署名しない」で足ります。持ち帰って、一晩おいて、誰かに見せる。急いで署名しなければ失われるような機会は、承継の世界にはそう多くありません。

逆に、「今日中に」「このお相手は他にも声がかかっているので早く」と急かされる場合は、いったん立ち止まる合図だと考えてよいと思います。

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それでも、仲介方式が向いている場面はある

ここまで注意点を多く書いたので、念のためもう一度書いておきます。仲介方式が適している場面は、確かにあります。

条件が明快で、早く決めたいとき

社長の中で譲れない線がはっきりしていて、価格の見当もついていて、あとは相手を見つけて速やかにまとめたい。そういう段階なら、間に立つ人がいることで話は早く進みます。

体調や年齢の事情で時間を優先したいときも同じです。何を優先するかは社長が決めることで、速さを選ぶことは、何も間違っていません。

買い手の層の厚さが効くとき

業種や立地によっては、地元だけでは買い手が見つからないことがあります。全国に買い手網を持つ会社の力が、そのまま結果につながる場面です。

この場合でも、支援方式の説明を受け、報酬の条件を書面で確かめ、売り手側で契約を点検する人を別に置く——この三つをしておけば、構造上の弱点はかなり埋められます。

一社に決める前に、二社以上に話を聞いてよい

見落とされがちですが、最初の一社に決めなければならない理由はありません。方式も報酬も会社によって違うので、二社、三社と話を聞いて比べるのが自然です。

ただし、先に専任の契約を結んでしまうと、その期間は他に相談しにくくなります。だからこそ、比べるのは契約する前です。順番さえ間違えなければ、比較は誰にも迷惑をかけません。

公的な窓口に話を聞いてみるのも一つの方法です。各県には事業承継・引継ぎ支援センターが置かれており、相談そのものに費用はかかりません。民間の支援会社と比べてみることで、自分がどの型を求めているのかが、はっきりしてくることがあります。

別記事では「事業承継のマッチング支援の費用・進め方と相談先の選び方」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

熊本県南で会社を続けてきた社長へ——決めるのは「誰のために働く人か」

最後に、地域の話を少しだけ書かせてください。

地域の会社は、譲った後も街に残る

都市部の案件と違い、八代や人吉、天草のような地域の会社は、譲った後もその街に残ります。社員は同じ道を通って出勤し、取引先は同じ組合で顔を合わせ、社長自身も同じ商店街を歩きます。

だから、条件が良ければそれでよい、とは言い切れません。引き継いだ会社がどう振る舞うか、社員にどう説明されるか、取引先がどう受け取るか。その後の十年に効いてくる要素が、契約書の外側にたくさんあります。こうしたことを一緒に考えてくれる相手かどうかは、方式の違いとは別に、見ておきたいところです。

地域に支援者がいることの意味も、ここにあります。売った後に社員から相談が来る、取引先から「どうなっているのか」と電話が入る。そういう場面で、同じ県内にいて、顔を合わせて話せる相手がいるかどうかは、小さくない違いになります。

いちばん最初に決めるのは、価格ではない

ご相談を受けていて思うのは、最初に決めるべきは価格でも相手でもなく、「誰に、どの立場で、自分のそばにいてもらうか」だということです。ここが決まっていれば、後の判断はずいぶん楽になります。

支援者の立場を確かめ、報酬の条件を書面にし、契約の前に一度持ち帰る。やることは、これだけです。派手さはありませんが、この三つを踏んでおくかどうかで、一年後の景色は変わります。

別記事では「事業承継での弁護士の役割と他の専門家との違い」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

「お相手は、もう何社かご紹介しています」。この一言は、社長を急かすために言われたものとは限りません。担当者は担当者で、よかれと思って動いています。

それでも、立ち止まってよいのです。相手を探す前に、自分の側に立つ人を決める。順番をひとつ入れ替えるだけで、その後の交渉はずいぶん落ち着いたものになります。

「大手から連絡が来ているが、どう考えればいいのか」。熊本県南の地域で長く会社を続けてこられた社長から、そんな段階でのご相談もお受けしています。まだ売ると決めていない、誰にも言えない話でかまいません。契約書に署名する前であれば、取り返しのつく話がほとんどです。LINEなら、匿名のままでも構いません。お気軽にご相談ください。

※本記事は、承継支援の現場で共有されている事例や一般的な実務の取扱いを参考に、弁護士の視点で一般化して構成したものです。特定の企業・個人の事実をそのまま記述したものではありません。また、制度や各社の取扱いは改定されることがあるため、具体的な判断にあたっては最新の内容をご確認ください。

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