「引き渡しの二週間前に、前提が崩れました」——それでも承継が成立した会社が、最後に決めたこと

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西田 幸広 弁護士

監修者:弁護士 西田幸広

法律事務所Si-Law代表 / 熊本県八代市出身 / 熊本を中心に企業法務支援

会社を次に渡す話は、署名の日に向かって少しずつ条件を固めていきます。相手が決まり、価格が決まり、引き渡しの日が決まる。あとは当日を待つだけ、という状態になります。

ただ、実は、その「あとは当日を待つだけ」の時期に、話の前提そのものが動いてしまうことがあります。法律が変わったわけでも、相手が約束を破ったわけでもないのに、です。

熊本県南部で、有料老人ホームと訪問介護を一体で運営してきた会社の承継をお手伝いしたとき、まさにそれが起きました。引き渡しの二週間前のことです。

この記事では、その一件で何が起き、売る側と買う側がどう決着させたのかを追いながら、引き渡し直前に前提が変わったときに何を見て、契約で何を備えておけばよいのかを、弁護士の視点で整理します。

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引き渡しの二週間前に、話が白紙に戻りかけた

もうすぐ引き渡し、という時期でした。価格も、引き渡しの日も、引き継ぎの段取りも決まっていました。売る側も買う側も、あとは当日を迎えるだけだと思っていました。

そこへ、行政の考え方がはっきり示された、という知らせが入ります。施設の部屋の使い方についてでした。これまで運用で成り立っていた使い方が、今後は認められないという内容です。

法律が変わったわけではありません。買う側が調べ落としたわけでもありません。それでも、これから受け入れられる人数の見通しが、当初の想定より減る可能性が出てきました。

収益の見通しが動くということは、価格の土台が動くということです。価格は「いまの収益がこの先も続く」という前提の上に積み上げられているからです。

関係者の間に、はっきりと緊張が走りました。「一度、白紙に戻したほうがいいのではないか」という声も出ました。引き渡しまで、残り二週間。

結論から書くと、この話は白紙になりませんでした。予定どおりの日に、事業は次の担い手へ渡っています。なぜそうなったのかを、少し時間を巻き戻して書きます。

この記事で書くのは、その二週間のことです。何が起きて、誰が何を言い、どう決めたのか。そして、同じことが自分の身に起きたときに、何を用意しておけるのか。順に書いていきます。

特に、許認可が要る事業ではそうです。介護、医療、建設、運送。どれも、行政の判断ひとつで明日からの収益が変わります。会社の中をいくら丁寧に調べても、外から来る変化までは防げません。

承継の現場では、契約書に署名するまでが交渉で、署名したら終わり、と思われがちです。実際には違います。署名から引き渡しまでの間にも、会社は動き続けています。その間に前提が変わることは、珍しくありません。

「この場所を、誰に渡すか」——後継者のいない施設が抱え続けた問い

熊本県南部の、静かな田園地帯にある施設でした。有料老人ホームと訪問介護を、一つの会社が一体で運営しています。

すぐ近くには特別養護老人ホームがあり、この施設は、そこへ移るまでの間を安心して過ごせる場所として、地域の中で役割を持っていました。順番を待つ間に行き場がなくなる人を出さない。そういう受け皿です。

働くスタッフは、勤続の長い人が多くいました。介護の質というのは、設備よりも、同じ人が同じ利用者を見続けてきた年月に宿ります。この会社の本当の資産は、決算書の資産の部には載っていないところにありました。

けれど、社長には後継者がいませんでした。年を追うごとに、一つの問いが重くなっていきます。この場所を、誰に引き継いでもらうのか。

社長が繰り返し口にしていたのは、中途半端に終わらせたくない、ということでした。入居している方のためにも、長く一緒に働いてきたスタッフのためにも、ふさわしい次の担い手を見つけることが、自分の最後の仕事だと考えておられました。

ご相談をいただいたのは、ある年の春です。廃業という選択肢も当然あり得たはずですが、社長はその道を最初から選びませんでした。閉めれば、地域の受け皿が一つ消えるからです。

介護の事業所の承継では、必ず三つの顔が浮かびます。入居されている方、働いている方、そして地域です。どれか一つを犠牲にして成り立たせた承継は、たとえ契約が成立しても、後で崩れます。

親族に継ぐ人がいないというのは、介護の事業では珍しくありません。資格と経験と、何より現場に立ち続ける覚悟が要るからです。継がないという判断は、無責任なのではなく、むしろ誠実な判断です。

けれど、移り先を探してください、と言われた側はどうなるでしょうか。順番を待っている方が多い地域で、すぐに移れる先はそう簡単に見つかりません。社長が最後まで廃業を選ばなかったのは、そこが分かっていたからだと思います。

廃業であれば、手続きは単純です。入居されている方に移り先を探していただき、スタッフに事情を伝え、設備を処分して、会社をたたむ。時間はかかりますが、相手を探す苦労はありません。

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決算書に出てこない資産を、言葉にするところから始めた

最初にやったのは、相手を探すことではありません。この会社の価値を、第三者に伝わる言葉にする作業でした。

決算書を読み解き、月々の介護報酬の入り方を整理し、取引先の一覧から日々の運営の実態を浮かび上がらせていきます。数字を並べるだけでは、この会社の何が良いのかは伝わりません。

訪問介護とホームが一体で回っている仕組み。近隣の医療機関との連携。経験を積んだスタッフが揃っていること。こうした、帳簿には現れないものを一つずつ文章にして、企業概要書という形にまとめました。

介護の事業は、ここが特に大事です。許認可と人員の基準があって初めて成り立つ事業なので、「誰が働いているか」「どんな体制で基準を満たしているか」が、そのまま事業の価値になります。設備だけを買っても事業にはなりません。

会社の形をそのまま引き継ぐのか、事業だけを切り出して渡すのかによって、指定の扱いや必要な手続きは変わってきます。この点は制度の細かい話になるので、別の記事で整理しています。介護事業の事業承継で指定は引き継げる?株式譲渡と事業譲渡の違い・人員基準と手続きの流れを熊本の弁護士が解説!

この順番を守らないと、情報だけが先に外へ流れます。介護の事業所は地域で顔が知れていますから、「あそこが売りに出ているらしい」という話は、あっという間に広がります。広がった先で困るのは、スタッフと利用される方です。

こうした資料は、二段構えにします。最初に相手へ出すのは、会社名の分からない形の概要です。業種、地域の大まかな区分、規模感、譲渡を考えている理由。ここで関心を持った相手とだけ、秘密を守る約束を交わしたうえで、詳しい資料に進みます。

逆にいえば、言語化をしないまま相手を探すと、買う側には「古い施設と借入」しか見えません。価値が伝わらない会社は、価格以前に、そもそも話が始まりません。

この工程には、それなりの時間がかかります。決して早くはありません。けれど、ここを省いて相手探しに走ると、結局は後で戻ってくることになります。急がば回れという言葉が、いちばん当てはまる場面です。

価値を言葉にする作業は、価格にも効きます。同じ決算書でも、なぜこの収益が続くのかを説明できる会社と、説明できない会社とでは、相手の見方が変わります。続く理由が分かれば、相手は先の絵を描けるからです。

現れたのは、同じ地域で介護を担う若い経営者だった

資料に目を留めたのは、同じ地域で訪問介護と有料老人ホームを手がけている、若い経営者でした。リハビリの専門職として国家資格を持ち、現場を知ったうえで経営をしている人です。

高齢化が進むこの地域で、健康を支える存在になりたい。そういう考えを、はっきり言葉にできる方でした。

買う側が目を留めたのは、立地や建物ではなかったはずです。訪問介護とホームが一体で回っている、その形だったと思います。自分がすでに手がけている事業と重なる部分があり、つなげれば地域の中で面としてサービスを届けられる。そういう絵が描けたのだろうと見ています。

情報を受け取ってからの動きは速いものでした。就業規則、サービス提供の記録、入居されている方への請求の内容。次々と資料を確かめ、質問を重ねていきます。

ここで買う側が見ているのは、粗探しではありません。自分がこの施設を引き継いだ先の毎日を、具体的に思い描けるかどうかです。人員の配置はどうなっているか、契約の中身はどうなっているか、請求は実態どおりか。

売る側からすると、この段階は正直しんどいものです。「そんな資料まで要るのか」と感じる場面が必ず出てきます。その心情については、別の一件を追って書いたことがあります。「本当に、こんな資料まで必要なんですか」——買収監査で社長の心が折れかける日に、先に知っておきたいこと

ただ、質問が細かいのは、たいてい前に進める気がある証拠です。本当に関心のない相手は、資料を求めてきません。

買う側には買う側の論理があります。何を評価して手を挙げたのかを早い段階でつかんでおくと、交渉の途中で前提がずれたときに、何を守れば話が続くのかが見えてきます。

一方で、注意も要ります。すでに自分のやり方を持っている相手だと、引き継いだ後に現場のやり方を一気に変えてしまうことがあります。変える必要が本当にあるとしても、速さを間違えると人が辞めます。ここは、売る側が面談で確かめておきたいところです。

同じ分野の事業者が引き継ぐことには、はっきりした強みがあります。許認可や人員の基準を分かっている。現場が何に困るかを知っている。引き継いだ初日から、言葉が通じます。

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施設の中では会わない——トップ面談の場所を決めるときに考えること

自宅の和室で、年配の経営者夫妻と若い経営者が書類を挟んで向き合って話している場面のイラスト

夏の盛りに、社長と買う側の経営者が初めて顔を合わせました。場所は、施設の中ではありません。社長のご自宅でした。

これは配慮です。この段階では、まだ従業員に何も伝えていません。見慣れない人が施設を見て回れば、現場はすぐに察します。噂が走れば、不安になった人から辞めていきます。

承継の話で一番こわいのは、価格が折り合わないことではなく、途中で人がいなくなることです。特に介護の事業では、人が減れば基準を満たせなくなり、事業そのものが成り立たなくなります。

社長ご夫妻と、買う側の経営者。初めて会ったその場で、静かな信頼が生まれました。翌日、買う側から届いた言葉は、前向きに考えています、まだ知りたいことはたくさんあります、というものでした。飾りのない、正直な言い方です。

社長のほうも、とても好い印象だったと伝えてこられました。ここで初めて、この話は「実際に進む話」になりました。

聞いておきたいのは、別のことです。引き継いだ後、この施設をどうしたいのか。今いるスタッフにどう接するつもりか。資金はどこから出るのか。そして、なぜこの施設なのか。この四つに具体的に答えられる相手は、本気で考えています。答えが抽象的なときは、まだ絵が描けていないということです。

トップ面談では、価格の話はしません。これは私からも毎回お願いしています。金額を出した瞬間に、お互いが交渉の顔になってしまうからです。

従業員にいつ伝えるかは、毎回いちばん悩むところです。早すぎれば動揺が走り、遅すぎれば「なぜ黙っていたのか」という不信が残ります。一般には、相手と条件の輪郭が固まるまでは伏せておき、引き継ぎの段取りが見えた段階で丁寧に伝える、という順番になります。

面談の前には、必ず売る側と打ち合わせをします。何を聞くか、何を言わないかを整理しておくためです。その場の空気で口にした一言が、後から条件として扱われてしまうことがあるからです。

年が明けて届いた一つの方針が、収益の前提を静かに崩した

年が明けて、冒頭に書いた知らせが届きます。施設の部屋の使い方について、行政の考え方がはっきり示されました。

ここが、この一件のいちばん大事なところです。法令が改正されたわけではありません。これまで黙認されていたわけでもありません。運用の取り扱いが明確になった、というだけです。それでも、受け入れられる人数の見通しは動きました。

許認可があって成り立つ事業では、こういうことが起こります。収益を左右しているのが、条文そのものではなく、所管する窓口の運用だからです。そして運用は、書面のどこにも書かれていないことがあります。

買収監査で決算書と契約書を丁寧に見ても、ここは出てきません。出てこないものを掘り当てるには、所管の窓口に直接あたって、現在の取り扱いを確かめるしかありません。

この一件で響いたのも、今いる方の暮らしがすぐに変わるという話ではなく、これから受け入れられる人数の見通しの部分でした。悪い知らせには違いありませんが、輪郭がはっきりすれば、対処の仕方は考えられます。

こういう知らせが届いたときに最初にやるべきは、事実の確認です。どの範囲の話なのか。いつから適用されるのか。今いる方にはどう影響するのか。思い込みのまま動くと、実際より悪く見積もって、要らない譲歩をしてしまいます。

だから、許認可の要る事業の承継では、帳簿の確認と並べて「行政の運用の現在地」を確かめる作業を入れておく必要があります。これは売る側にとっても同じです。自分の施設の運用が、今の基準から見てどう評価されるのかを、先に知っておいたほうがよいのです。

なお、介護や高齢者施設に関する制度と運用は見直されることがあります。この記事に書いたことも含めて、実際に動くときは、そのときの取り扱いを所管の窓口で確認してください。

売る側にとっては、聞かれて気持ちのよい質問ではないかもしれません。けれど、ここを先に出しておいたほうが、結果として話は早く進みます。後から出てくると、隠していたのではないかという疑いが混ざり、ただの事実が信用の問題に変わってしまうからです。

具体的に何を確かめるか。許認可の更新時期と、更新にあたって今の体制で問題がないか。直近で行政から受けた指摘や指導はないか。定員や部屋の使い方について、現在どういう取り扱いになっているか。この三つは、最低限だと思っています。

そして、この知らせが届いたのが、引き渡しの二週間前でした。契約の準備はほぼ終わり、引き継ぎの日程も組まれていた段階です。

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「白紙に戻したほうがいい」という声の中で、二人が選んだのは痛み分けだった

こういうとき、話は二択に見えてきます。白紙に戻すか、買う側が黙って呑むか。どちらもきれいな結末にはなりません。

白紙に戻せば、売る側は振り出しです。社長は年を重ねています。もう一度、相手を探すところからやり直す体力が残っているかは分かりません。一方で、買う側に全部を呑ませれば、引き継いだ後の経営が苦しくなります。苦しくなった先にしわ寄せが行くのは、現場で働く人と、そこで暮らす方です。

動いたのは、買う側でした。経営のやり方を工夫して事業を広げていきたい、どうにか引き継がせてもらえたらありがたい——そういう趣旨の言葉を、まっすぐに伝えてきました。条件を下げろ、という話ではなかったのです。

その言葉に、社長が動かされました。

ところが、そこへ追い打ちがかかります。消防設備のポンプの交換が必要だと分かったのです。引き渡し直前に出てきた、小さくない金額の修繕でした。

このとき社長が口にしたのは、こういう言葉でした。大丈夫じゃないですけど、そうします。相手もこれくらいの痛みは背負っているでしょうから、痛み分けで、と。

そのうえで、選択肢は三つあると示すことです。白紙に戻す。条件を変えずに進める。負担を分け合って進める。三つめがあると示せるかどうかで、結末は変わります。

白紙に戻すことのコストも、言葉にして見せる必要があります。売る側にとっては、相手探しのやり直しと、その間も続く運営の負担。買う側にとっては、ここまでに使った時間と費用、そして社内で通してきた説明のやり直し。白紙は、何も起きなかった状態に戻ることではありません。

受け入れ人数の見通しがどう変わるのか。それが一年の収益にどれくらい響くのか。修繕にいくらかかるのか。感情で押し合っている間は動かない話も、幅のある数字になると、途端に話し合えるようになります。

この局面で、私たちのような立場の人間が何をするか。どちらかの肩を持つことではありません。起きたことの意味を、数字に落として両方に見せることです。

この一言が、最後の扉を開けました。

どちらが悪いかを決める話ではありませんでした。誰も悪くないのに前提が動いた、という局面で、二人は「どちらがどこまで引き受けるか」だけを決めたのです。

二月の夜、私の事務所に三者が集まりました。長い交渉の終わりを刻む署名と押印が、静かに交わされました。そして予定どおりの日に、事業は次の会社へ引き継がれています。

弁護士として、この一件から契約書に書いておきたいと考えた四つのこと

引き渡しの前に前提が変わったときに支えになる四つの条項を示した図解

この一件は、人柄で着地しました。けれど、毎回それに頼るわけにはいきません。同じ場面で話が壊れてしまった例も、残念ながら見てきました。

そこで、引き渡し前に前提が動いたときのために、契約の中で用意しておける道具を四つ挙げておきます。まず全体像を図にしました。

なお、ここから書くのは一般的な整理です。どの条項をどう書くかは、事業の種類と、その案件で何が起きやすいかによって変わります。

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四つの条項は、勝つためではなく話を続けるためにある

一つめは、表明保証です。許認可の状況、行政から受けている指導の有無、設備の状態について、「いまこうなっている」という事実を売る側が書面で示します。大事なのは、その内容が事実と違っていた場合に誰がどこまで引き受けるのかを、先に決めておくことです。

二つめは、引き渡しの前提条件です。引き渡しの日までに満たされているべきことを並べておきます。ここで一つ工夫があって、条件が満たされないときに自動的に契約が終わる書き方にしてしまうと、今回のような局面で話を続ける余地がなくなります。まず協議する、と書いておくほうが実際には役に立ちます。

三つめは、価格の調整です。収益の前提が動いたときに、価格をどう見直すかの物差しを決めておきます。金額そのものを細かく書き込むより、どんな事情が起きたら話し合いの場を持つのか、という入口を決めておくほうが効きます。価格が後から動く仕組みについては、別の記事で詳しく整理しています。M&Aの価格の決め方は?算定方法・価格決定の流れと、最終価格が変わる契約条項・提示額の判断基準も弁護士が解説!

四つめは、修繕と設備の負担区分です。引き渡しの直前に判明した修繕を、どちらがどこまで持つのか。金額の目安で線を引いておくと、当日になって押し付け合いになりません。今回の消防設備は、まさにここに当たる話でした。

この四つは、どれも相手を打ち負かすための道具ではありません。想定していなかったことが起きても、話を終わらせずに続けられるようにしておくための道具です。

小さな会社の承継では、分厚い契約書は要りません。むしろ、二人で読み合わせができる長さに収めたほうがよいと思っています。大事なのは条項の数ではなく、起きそうなことが一つでも書いてあるかどうかです。

もう一つ、実務で効くのは、前提が動いたときに「いつまでに話し合うか」を決めておくことです。期限がないと、どちらも切り出せないまま引き渡しの日が来てしまいます。

契約書を厚くする目的は、揉めたときに勝つことではありません。揉めそうになったときに、二人がもう一度同じテーブルに戻れるようにしておくことです。

ここまで書くと相手が警戒するのではないか、とよく聞かれます。経験上は、逆です。起きそうなことを先に話し合える相手かどうかは、その会社を任せてよいかを判断する材料にもなります。

引き継がれたあと、現場は何も変わらなかった

介護施設の明るい廊下で、スタッフが車いすの高齢女性に寄り添って話しかけている場面のイラスト

事業が移ったあとも、スタッフはそのまま働いています。入居されている方の毎日も、変わっていません。

買う側の経営者が、こんな趣旨のことを言っていました。書類の上では買収や譲渡という形になるけれど、自分としては、これまで事業をされてきた方の想いとご縁を、次につないでいきたい、と。

承継がうまくいったかどうかは、契約が成立した日には分かりません。半年後、一年後に、現場が静かに続いているかどうかで決まります。

引き継ぎでいちばん価値があるのは、スタッフ一人ひとりの得意なことや、利用される方それぞれの過ごし方の癖といった、書面に残らない情報です。地味なようですが、現場が続くかどうかは、こういうところで決まります。

引き継ぎの期間も、結果を左右します。前の社長がすぐに完全に手を引くと、取引先への挨拶や、現場の細かい決めごとが引き継がれません。逆に、長く残りすぎると、スタッフがどちらを見てよいか分からなくなります。必要な引き継ぎを終えるまで、という区切り方が、無理がなくて続きやすいように思います。

この施設のことを、地域の人はおそらく「何も変わっていない」と思っています。経営する会社が替わったことに気づいていない方も多いはずです。

それでいい、と思っています。利用する人から見て何も変わらないことが、介護の事業の承継では、いちばん良い結果です。看板が架け替わったことが話題になるような承継は、たいてい現場が揺れています。

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熊本県南で、介護の事業を次に渡すことを考えている社長へ

熊本県南部は、県全体より一足先に高齢化が進んでいる地域です。施設が一つ閉じると、その分の受け皿が地域から消えます。隣の市まで行ってくださいとは、簡単には言えません。

そして、この地域の介護は、大きな法人だけで回っているわけではありません。今回の施設のように、特養に移るまでの間を預かる小さな事業所が間を埋めることで、全体がつながっています。一つ抜けると、つながりが切れます。

だからこそ、後継者のいない介護の事業所ほど、早めに動く意味があります。体力のあるうちに動けば、相手を選べます。追い込まれてから動くと、残っている選択肢の中から選ぶことになります。

準備として先に整えておきたいのは、三つです。一つは、許認可と行政の運用が今どうなっているかの確認。二つめは、設備の更新時期の洗い出し。今回のポンプのように、引き渡し直前に出てくると交渉が重くなります。三つめは、人の定着です。勤続の長いスタッフがいることは、そのまま評価につながります。

資料を整える過程で、普段は見ない数字や、更新が止まったままの書類が出てきます。それを直すこと自体が、会社の体質改善になります。渡す決断をしなかったとしても、整えたものは会社に残ります。

もう一つ付け加えると、早めに動くことには、相手を選べること以外の効果もあります。自分の会社を外から見る機会になることです。

どれも、売ると決めていなくてもできることです。やっておいて損になることは一つもありません。地域ごとの手続きや相談先については、八代市を例にまとめた記事もあります。八代市の事業承継はどう進める?い草・農業・港湾関連の引き継ぎと八代支部での手続き・相談先を熊本の弁護士が解説!

ご相談のタイミングについてもよく聞かれますが、決める前で構いません。むしろ、決める前のほうが選べる道は多いです。売ると決めてから来られると、こちらから提案できることが減っています。

引き渡しの二週間前に前提が崩れて、それでも成立した。この一件を振り返って思うのは、承継を最後に支えるのは条件ではなく、相手に対する信頼だということです。

ただ、信頼だけに頼るのは危ういとも思っています。想定外のことは必ず起きます。起きたときに二人が話し合いのテーブルに戻れるよう、契約の側で道筋をつくっておく。それが、私たちのような立場の人間の仕事だと考えています。

熊本県南部で、介護や福祉の事業を次に渡すことを考えておられる方。まだ決めていない段階で構いません。何から手をつければよいか分からない、という状態でのご相談がいちばん多いです。LINEかメールで、気軽にお声かけください。

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