「本当に、こんな資料まで必要なんですか」——買収監査で社長の心が折れかける日に、先に知っておきたいこと

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西田 幸広 弁護士

監修者:弁護士 西田幸広

法律事務所Si-Law代表 / 熊本県八代市出身 / 熊本を中心に企業法務支援

承継の話が前に進んで、お相手も決まって、いよいよという段階に入ったころに、社長の表情がいちばん曇る時期があります。デューデリジェンス——買収監査と呼ばれる、買い手が会社を調べる期間です。

届いた資料の依頼リストを前に、「本当に、こんな資料まで必要なんですか」と漏らされる。支援する側は「すみません、お願いします」と繰り返す。承継の実務では珍しくない場面です。

ただ、この「すみません」と「不満」が向かい合う構図そのものが、たぶん間違っています。買収監査は会社を疑うための手続きではなく、資料を出すことは売る側を守る作業です。

この記事では弁護士の視点で、買い手が本当に見ているもの、記録の空白が価格や条件にどう跳ね返るのか、そして出さなかった情報があとから社長個人に返ってくる構造を、実際の進み方に沿って整理します。熊本で、そろそろ会社の出口を考えはじめた社長に読んでいただきたい内容です。

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「まだあるんですか」と聞かれて、「あと少しです」と答えてしまう時期

買い手が決まり、意向表明を受け、基本合意まで進む。ここまでは、社長の気持ちはおおむね前向きです。相手の顔が見えて、話した感触もよかった。あとは手続きだろう、と。

ところが、そこから届くのが資料の依頼リストです。契約書、就業規則、株主総会の議事録、税務と財務の資料、顧客の一覧。しかもそれぞれが複数年にさかのぼって求められます。

項目は数十に及ぶことも珍しくありません。社長が一枚めくって、「先生、まだあるんですか」と聞く。こちらは手元のリストを見ながら、「あと少しです」と答える。実際には、まだ半分も終わっていない。

そのうえ、ひとつ答えると次の質問が返ってきます。この契約はまだ生きているのか、この費用は誰に払っているのか、この人はいつから働いているのか。社長にしてみれば、自分の会社を知らない人に一から説明し直す作業です。

そして気づくと、支援する側は「大変だと思いますが、お願いします」と頭を下げ続けることになります。社長は「こんな資料まで必要なのか」と思い続けることになります。

この構図は、不思議です。売る側も買う側も、同じ承継を成立させたいと思っている。それなのに、資料のやりとりだけが謝りながら進む作業になってしまう。

原因は、はっきりしています。この苦労の先に何があるのか、売る側に見えていないからです。目的が共有されていない作業は、量が増えるほど納得感が下がります。

「準備が大変」の正体は、量ではなく「探す時間」

資料そのものの枚数が負担なのではありません。負担なのは、どこにあるか分からない紙を探す時間です。

決算書は税理士の先生が持っている。就業規則は作ったはずだが、改定したあとの版がどれか分からない。取引基本契約書は、先代の机の引き出しか、倉庫の段ボールか。

本業を回しながら、この捜索を数週間でやる。それが実際に起きていることです。だから社長はぼやくのであって、協力したくないわけではないのです。

渡す側だけが、本業を抱えたまま走ることになる

買い手の側では、買収監査は仕事として割り振られます。担当者がいて、外部の専門家がいて、期日までに終わらせるための体制が組まれます。

一方、渡す側はふだんの経営を止められません。現場を回し、取引先に対応し、従業員に気づかれないように資料を集める。この非対称が、負担の感じ方を大きくします。

だからこそ、準備を始める時期の選び方が効いてきます。走り出してから探すのか、走り出す前に揃えておくのか。ここが分かれ目です。

買収監査は粗探しではない——それでも、そう感じるのには理由がある

「デューデリジェンスは会社の粗探しだ」。この受け取り方は、かなり広く共有されています。そう思っていれば、資料を出す作業は自分の会社の欠点を差し出す作業になります。

しかし、本来の位置づけは逆です。買収監査は、承継するために双方が会社をよく理解し、信頼関係をつくるためのプロセスです。

第三者へ事業を渡すという大きな節目に、会社の課題を一度表に出す。そのうえで改善の見通しを立て、どうすればこの会社がもっと良くなるかを、売る側と買う側と支援する側で一緒に考える。その場が買収監査です。

この目的を当事者全員が共有できると、同じ作業の印象が変わります。差し出すのではなく、一緒に点検する。謝りながらではなく、説明しながら進む作業になります。

もうひとつ、誤解されやすい点があります。買収監査は買い手だけのための手続きではありません。会社の状態を第三者の目で一度棚卸しする機会は、渡す側にとっても滅多にありません。

それでも社長が「疑われている」と感じるのは、無理のないことでもあります。何十年かけて築いてきたものを、初めて会った人に一行ずつ確かめられる。感情として楽な体験ではありません。

だからこそ、はじめに目的を言葉にしておく意味があります。何のためにこの紙を出すのかが分かっていれば、同じ作業の重さが変わります。

買い手が怖いのは、悪い事実より「分からない」こと

ここは、売る側がいちばん誤解しやすいところです。買い手は、会社に弱点があること自体を嫌がっているわけではありません。弱点のない中小企業など、まずありません。

買い手が引くのは、分からない部分が残っているときです。金額が読めないものは、判断材料にできません。判断できないものは、見送るしかなくなります。

つまり、出てきた弱点は検討の対象になり、出てこなかった空白は検討の対象外になります。この差は、承継が成立するかどうかに直結します。

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「その資料は、亡くなった先代じゃないと分からないですよ」

古い書類の入った段ボール箱を前に、昔の資料を探す年配の経営者

歴史のある会社ほど、買収監査で必ず出てくる一言があります。「その資料は、亡くなった先代じゃないと分からないですよ」。

創業期に誰が出資したのか。あのとき増資をした経緯は何だったのか。土地の境界について隣とどういう話がついていたのか。長年の取引先と、どんな口約束で動いてきたのか。

中小企業では、こうした記録が紙に残っていないことがあります。残っているのは人の記憶のなかで、その人がもういない。これは怠慢ではなく、地域の会社が何十年も回ってきたやり方そのものです。

ただ、承継の場面では、この「人に宿った記録」が通用しません。買い手は社内の決裁を取らなければならず、決裁には紙が必要です。記憶は紙になりません。

実務でよく出てくるのは、古い借入の担保として差し入れた書類、昔の役員の退職に伴う精算、代々使ってきた土地の利用関係といったところです。どれも、当時は当たり前すぎて書き残す必要を感じなかったものばかりです。

ですから、記録の空白は売る側の落ち度として責められるべきものではありません。ただし、空白があること自体は、価格と条件の話として確実に返ってきます。

そして空白のなかでも、法律上とくに重いものが二つあります。株式と、議事録です。

名義株と株主名簿のずれは、承継の直前に表に出る

昔の会社法では、株式会社の設立に複数の発起人が必要でした。そのため、名前だけ借りて株主になってもらった、という経緯を持つ会社が今も残っています。いわゆる名義株です。

実質的には社長の株でも、名簿上は別の人の名前がある。その方が亡くなっていれば、相続人に権利が移っている可能性があります。株式の譲渡は、ここが整理できていないと実行できません。

買収監査でこれが出てくると、相続人を探して同意を取る作業が始まります。何人にも分かれていれば、数か月単位で止まります。先に調べておけば、相手を探している間に片づけられる話です。

議事録がない、は「決議がなかった」と読まれかねない

株主総会や取締役会の議事録がない会社も、現実には少なくありません。実際には全員が集まって決めていても、紙が残っていない。

ところが買い手の立場では、記録がなければ手続きがあったことを確認できません。役員の選任、重要な財産の処分、役員報酬の決定。いずれも後から争いの種になりうる項目です。

一般には、不足している議事録を後から整えるという対応も検討されます。ただし、何をどこまで遡れるかは個別の事情によりますので、自己判断で作るのではなく、先に専門家に相談されたほうが安全です。

記録の空白は、価格ではなく「条件」の話として返ってくる

売る側は、弱点が見つかれば値段が下がる、という形で心配をします。実際にはもう少し複雑です。

確かめられないものがあると、買い手はそれを安全側に大きく置きます。しかも、その置き方は金額だけに現れません。契約の条件として現れます。

たとえば、代金の一部を後払いにする。一定期間は資金を留保しておく。売主が負う補償の範囲を広く取る。社長に一定期間残ってもらう。いずれも「読めない部分」を埋めるための仕組みです。

金額の交渉であれば、社長にも判断できます。しかし条件が重くなる形で返ってくると、渡したあとも責任が続くことになります。これは気づきにくく、あとから効いてくる負担です。

逆に、事実が確かめられていれば、買い手は不安を条件に変える必要がありません。資料を出す作業は、承継後に自分が背負う荷物を軽くする作業でもあります。

この順番が分かっていると、「こんな資料まで」の意味が変わります。相手のための作業ではなく、自分のための作業になります。

確かめられなかったものは、無かったものとしては扱われない

ここは直感と逆になります。確認できなかった事実は、「存在しない」とは扱われません。「あるかもしれないもの」として残ります。

あるかもしれない未払いの残業代、あるかもしれない簿外の債務、あるかもしれない近隣との紛争。買い手は、そのどれにも備えて条件を作ります。

だから、出せない資料があるときは黙って飛ばすより、「ここは記録がない」「理由はこうだ」と説明したほうが有利に働きます。分からない範囲が確定すれば、見積もりが可能になるからです。

社長に残ってもらう条件も、ここから生まれる

引き継ぎのために一定期間残ってほしい、という要望は珍しくありません。ただ、その期間の長さは会社の属人性の度合いで決まります。

社長の頭の中にしか判断基準がない会社は、長く残ってもらう前提でしか買えません。説明できる形に整理されていれば、短い期間で済みます。

引退の時期を自分で決めたいのであれば、会社の中身を紙にしておく作業は、そのまま自分の予定を守る作業になります。

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出さなかった情報は、あとから社長個人に返ってくる

ここが、弁護士としていちばんお伝えしたい部分です。買収監査で出さなかった事実は、消えません。契約の形を変えて、売った側に残ります。

株式譲渡や事業譲渡の契約には、一般に「表明保証」と呼ばれる条項が入ります。売る側が、会社について一定の事実を間違いないものとして相手に示す約束です。

この条項の働きは単純です。買収監査で開示され、買い手が知って受け入れたリスクは、買い手の側に移ります。開示されず、買い手が知らなかったリスクは、売った側に残ります。

つまり、「言わなかったこと」がいちばん高くつく構造になっています。渡して、代金を受け取って、終わったつもりでいた一年後に、補償の請求として戻ってくることがあるのです。

よく問題になるのは、未払いの残業代、社会保険の加入漏れ、簿外の債務や保証、進行中の揉めごと、許認可の条件を満たしていない運用です。いずれも後から金額に換算できてしまう類のものです。

なお、どこまで調べられるかは、買い手の規模や手法によって幅があります。弁護士や会計士が入る本格的なものもあれば、財務と労務に絞った簡便なものもあります。ただ、範囲が狭いほど、確認されなかった部分は表明保証という形で売った側に積み残る、という関係になります。

ですから、都合の悪い事実を見つけたときの正解は、隠すことではありません。先に出して、価格や条件の交渉材料として処理してしまうことです。

「隠していたわけではない」が通りにくい場面

実際のご相談で多いのは、悪意があったケースではありません。言うほどのことだと思っていなかった、というケースです。

何年も前から続いている慣行で、社内では誰も問題にしていない。だから資料にも出てこない。社長の意識にも上がらない。これは自然なことです。

ただ、承継の場面では「社内では問題になっていない」は理由になりません。判断基準が自社の慣行から契約の文言に変わるのが、承継という手続きの本質的な部分です。

開示した弱点は、むしろ守りになる

開示して、買い手がそれを前提に価格を決めた項目は、後から争われにくくなります。契約の形でも、別紙に書き出して除外しておく扱いが取られることがあります。

手間はかかりますが、これは社長の老後を守る作業です。代金を受け取ったあとに蒸し返されない状態を、自分の手でつくる。

どの事実をどう書き出すかは契約の作り方によって変わりますので、ここは契約書の文言を見ながら進める必要があります。

労務の資料がいちばん揉める

買収監査の項目のなかで、金額に直結しやすいのが労務です。理由は単純で、計算ができてしまうからです。

見られるのは、就業規則とその改定の経緯、賃金台帳、タイムカードや出勤の記録、固定残業代の設計、社会保険の加入状況、有給休暇の付与と消化です。

地域の中小企業では、書面と実態がずれていることが少なくありません。みんな納得して働いている、長年この形でやってきた、という説明は現場では通ります。

しかし買い手は、その実態を人数と期間と単価で掛け算します。掛け算の答えが出てしまえば、それは価格から引かれる具体的な金額になります。

しかも労務は、調べ方がほぼ決まっています。何年分をどう見るかの型があるため、買い手の側でも外部の専門家に依頼しやすい領域です。つまり、見られないまま通ることは期待できません。

そして、ここが承継特有の難しさですが、会社を渡したあとも、過去の分についての責任は売った側に残る形で整理されることが一般的です。渡したから終わり、にはなりません。

だから労務は、相手を探す前から手を入れておく価値がもっとも高い領域です。今から直せば、将来の計算の対象期間がそれだけ短くなります。

従業員の引き継ぎそのものの注意点は、別の記事で整理しています。事業譲渡で従業員はどうなるかを解説した記事もあわせてご覧ください。

「うちはみんな納得してやってますから」は資料にならない

この言葉は、承継のご相談でとてもよく出てきます。そして、気持ちとしては本当のことだと思います。

ただ、買収監査に出せるのは紙だけです。納得は紙になりません。就業規則、合意書、記録。この三つの形にしておかないと、存在しないものとして扱われます。

逆に言えば、紙にしておけば主張として通ります。手間はかかりますが、相手が決まる前に、本業の合間にできる作業です。

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契約書の一枚に、取引そのものを止める条項が入っていることがある

買収監査で契約書をすべて出すよう言われる理由は、金額の確認だけではありません。承継そのものを止めうる条項を探しているからです。

代表的なのが、支配権の変更に関する条項です。株主や経営者が変わった場合に、相手方が契約を解除できる、あるいは事前の承諾が必要だと定めるものです。

株式譲渡であれば、会社が結んでいる契約はそのまま残ります。ところがこの条項があると、残っているはずの契約が相手の判断で切れる可能性が出てきます。

店舗や工場の賃貸借、設備のリース、主要取引先との基本契約、金融機関との約定。会社の収益の柱がこのどれかに乗っていれば、承継の設計そのものを変える必要が出てきます。

許認可そのものも同じです。業種によっては、人に紐づいた資格者の配置が要件になっています。その方が承継を機に辞めると、許可の維持が揺らぎます。契約書の束と一緒に、誰の資格で成り立っているかも確かめておく必要があります。

許認可が必要な事業では、さらに手当てが要ります。許認可の引き継ぎ方は手法によって変わり、事業譲渡では取り直しが前提になることもあります。制度や運用は変わりますので、所管の窓口で最新の取扱いを確認するのが前提です。

この種の条項は、早く見つかれば対処できます。相手方に事前に相談して承諾の見通しを立てる、スケジュールを組み替える、手法を変える。間に合わないのは、クロージングの直前に見つかった場合だけです。

「契約書が見つかりません」がいちばん困る

条項の内容が厳しいことより、契約書そのものが見つからないほうが実務では厄介です。何が書かれているか分からなければ、リスクの有無を判断できません。

長い付き合いの取引先ほど、更新の書面がどこにあるか分からない、ということが起こります。相手方に写しをもらうという手もありますが、承継の検討中であることを言えない段階では動きにくい。

だから、主要な契約の原本がどこにあるかを確かめておくのは、まだ誰にも相談していない段階でできる、きわめて実用的な準備です。

「忙しいから後で」を選べる時期は、意外と短い

相手が決まる前に紙にしておける4つの束(株式・議事録・労務・契約書)を整理した図解

ここまで挙げてきた準備は、どれも相手が決まる前にできます。そして、相手が決まったあとではほとんどできません。

買収監査には期限があります。基本合意から最終契約までの期間が決められ、買い手の社内決裁にも日程があります。資料が出てこなければ、調整の余地はほとんどありません。

本業を止められない社長が、数週間で何十年分の紙を探す。この無理が、冒頭の「本当にこんな資料まで必要なんですか」という言葉を生んでいます。

ところが準備の中身を並べてみると、相手探しと同時にやらなければならないものは、ほとんどありません。株式の経緯、議事録、労務の整備、契約書の所在。すべて先にできます。

むしろ、先にやっておくと相手探しそのものが変わります。説明できる会社は、買い手にとって検討しやすい会社です。検討しやすい会社には、候補が集まります。

承継全体の準備の順番については、事業承継でやるべきことを承継タイプ別に整理した記事でも手順を解説しています。

相手が決まる前にできることが、実は大半

最初にやることは、たった一つです。会社の紙が今どこにあるかを書き出すこと。原本が社内か、顧問の先生のところか、倉庫か、分からないか。

この一覧ができると、本当に困るものがどれか見えてきます。多くの場合、困るのは数点です。残りは探せばあります。

そして困る数点が分かれば、そこから手を打てます。順番の問題でしかないのに、順番を間違えると承継が止まるというのが、この論点の実情です。

顧問の先生に、先に声をかけておく

資料の多くは、顧問税理士や社会保険労務士の先生の手元にあります。承継を考えていると明かさなくても、過去の書類を揃えておきたいという理由で依頼はできます。

この一手で、探す時間の大半が短くなります。そして、いざ動き出したときに協力してもらえる関係も残ります。

どの段階で誰に伝えるかは、承継の進め方そのものに関わる判断です。迷われたら、そこも含めてご相談ください。

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買収監査を「一緒に会社を見る時間」に変えられるか

売り手の経営者と買い手の経営者と専門家が同じ資料を一緒に見ながら話し合う場面

ここまで実務の話をしてきましたが、最後に、構えの話をさせてください。買収監査の数週間は、承継の成否を分ける時間でもあります。

資料を出すだけの期間として過ごすこともできます。一方で、買い手に会社を理解してもらう期間として使うこともできます。同じ日程で、まったく違うことが起きます。

実際、買収監査の場で社長が現場を案内しながら説明したことで、数字だけでは伝わらなかった価値が相手に届いた、という話はよくあります。長年の取引先との関係、職人の手順、地域での評判。帳簿に載らないものほど、人が説明しないと伝わりません。

社長が自分の言葉で、なぜこのやり方なのか、どこが弱いと自分で思っているか、何を次の人に直してほしいかを説明する。この説明があるかないかで、買い手の見方は大きく変わります。

弱みを先に出す人は、隠さない人として見られます。隠さない人から買う会社は、買い手にとって想定が立てやすい会社です。これは価格にも条件にも効きます。

そしてこの数週間に築かれた関係が、渡したあとの引き継ぎを決めます。従業員への説明、取引先への挨拶、現場のやり方の移し替え。承継の本番は、むしろ契約のあとです。

だから支援する側も、「すみません」を繰り返すべきではないのだと思います。何のための作業かを説明し、社長に目的を持ってもらう。それが買収監査での支援の中身です。

承継したあとに起きやすい揉めごとについては、事業承継後のトラブルの事例と防ぎ方をまとめた記事でも整理しています。

売る側にも、味方として動く専門家が必要です

買収監査では、買い手の側に弁護士や会計士がつきます。質問の作り方も、契約への落とし込み方も、専門家の仕事として設計されています。

売る側に誰もいないと、質問の意図が分からないまま答えることになります。答えた内容がそのまま表明保証に取り込まれることもあります。

すべてを代わりにやってもらう必要はありません。ただ、何をどこまで答えるべきかを一緒に判断できる相手は、持っておいたほうがよいと考えています。

熊本で、これから会社の出口を考える社長へ

熊本県内でご相談をお受けしていて感じるのは、記録が人に宿っている会社がとても多いということです。

製造業でも、建設業でも、介護でも、医療でも、商売の勘どころは社長と古参の社員の頭の中にあります。それが地域の会社の強さでもあります。

けれど、その強さは第三者へ渡すときにいちばん伝わりにくい部分です。だから、紙にする作業に時間がかかります。そして、その時間はまだあるうちに使ったほうがよいのです。

そしてもうひとつ。熊本では、同じ地域のなかで買い手が見つかることも少なくありません。相手が近いほど、噂が立つことを恐れて準備が遅れがちです。だからこそ、誰にも言わずに進められる準備から先に片づけておく意味があります。

今日からできることは三つです。主要な契約書の原本がどこにあるかを確かめること。株主名簿と実際の株主が一致しているかを見ること。就業規則の最新版と賃金台帳を手元に出してみること。

どれも、まだ誰にも相談していない段階でできます。そして、この三つが揃っているだけで、相手探しの局面はかなり楽になります。

相談の入口は、資料の仕分けで構いません

ご相談というと、売るか売らないかを決めてから来るものだと思われがちです。実際には、決める前のほうが打てる手が多く残っています。

今ある資料を並べて、足りないものに印をつける。それだけでも、承継という選択肢がどれくらい現実的なのかが見えてきます。

判断はそのあとで構いません。まず、会社の現在地を紙の上で確かめるところからご一緒します。

「本当に、こんな資料まで必要なんですか」。この言葉が出るのは、作業が大変だからというより、その先に何があるか見えていないからです。

買収監査は、会社を疑うための手続きではありません。承継するために双方が会社を理解し、課題を表に出して、次の形を一緒に考えるための時間です。そして、出した事実は買い手が引き受け、出さなかった事実は売った側に残ります。資料を出すことは、相手のためではなく、自分の老後のための作業です。

熊本・八代をはじめ県南の地域で、そろそろ会社の出口を考えはじめた社長へ。まだ誰にも話していない段階で構いません。何から紙にしておくべきかは、事業の形と手法によって変わります。LINEであれば匿名のままご相談いただけますので、今ある資料と足りない資料を仕分けるところから始めましょう。

※本記事は、特定の企業・個人の事例ではありません。第三者承継の実務でくり返し見られる場面を一般化し、弁護士の視点で論点を整理したものです。また、制度・手続の取扱いや許認可の運用は改正されることがあるため、個別の判断にあたっては所管の窓口等で最新の要件を必ずご確認ください。

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