旅館・ホテルの事業承継は許可を引き継げる?熊本の温泉旅館で必要な手続きと相続・譲渡の違いを弁護士が解説!

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西田 幸広 弁護士

監修者:弁護士 西田幸広

法律事務所Si-Law代表 / 熊本県八代市出身 / 熊本を中心に企業法務支援

「父から旅館を引き継ぐことになったのですが、旅館業の許可はそのまま使えるのでしょうか」。熊本市や八代市、阿蘇や人吉といった熊本県内の温泉地で宿を営んでおられる方から、こうしたご相談をお受けすることがあります。

旅館やホテルの事業承継は、ほかの業種と比べて引き継ぐものが多い仕事です。建物と土地、源泉や引湯の権利、旅館業の許可、飲食店の営業許可、消防の届出、予約の前受金、長く働いてくれている従業員。どこから手を付ければよいか分からない、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

とくに迷いやすいのが、許可をそのまま引き継げるのかという点です。ここを誤ると、引き継いだ日から数週間、宿を開けられないという事態も起こり得ます。

そこで本記事では、旅館・ホテルの事業承継で許可がどこまで引き継げるのか、相続・合併・譲渡で何がどう変わるのか、そして熊本の温泉旅館で実際に問題になりやすい論点を、順に解説していきます。

\事業承継、何から始めるか迷ったら/

旅館・ホテルの事業承継は、まず「許可を引き継げる形か」で道が分かれます

旅館・ホテルの承継の形ごとに旅館業の許可の扱いが変わることを示した図解

旅館やホテルを次の世代に引き継ぐとき、最初に確認したいのは営業の形です。会社(法人)が営業しているのか、それとも個人が営業しているのか。この違いによって、旅館業の許可の扱いが大きく変わります。

法人が許可を持っている場合、株式を後継者に渡しても、営業している主体は同じ法人のままです。許可はそのまま残るのが原則です。

一方、個人経営の宿を別の人に譲る場合や、法人から別の法人へ事業だけを譲る場合は、営業する人そのものが入れ替わります。この場合、許可は自動的には移らないと考えておくのが安全です。

まず、承継の形ごとに何がどう変わるのかを整理します。

承継の形旅館業の許可の扱い建物・温泉の名義従業員の雇用
株式譲渡(法人の株を渡す)同じ法人が営業を続けるため、許可はそのまま残るのが原則法人名義のままなので移転登記は不要雇用契約もそのまま続くのが原則
相続(個人営業の宿)承継の規定にもとづき、期限内に承認を申請するのが原則相続登記が必要相続人が使用者の地位を引き継ぐのが原則
合併・会社分割あらかじめ承認を受けて地位を承継するのが原則包括して移る包括して移る
事業譲渡・個人間の営業譲渡承継の対象にならず、新しく許可を取り直すのが原則1件ずつ移転登記・名義変更が必要従業員ごとに同意を得て結び直す

法人が営業しているなら、株式を渡すのがいちばん手続きが軽い

株式会社や有限会社が旅館業の許可を持っているなら、後継者には株式を渡します。営業している法人は変わらないため、許可も、建物の名義も、従業員との雇用契約も、取引先との契約も、そのまま動きません。

手続きとしては、株式の譲渡(または贈与・相続)と、株主名簿の書き換え、代表取締役の変更登記が中心になります。宿を一日も閉めずに代替わりできるのは、この形の大きな利点です。

ただし、定款に株式の譲渡制限が付いているのが中小企業では一般的です。取締役会または株主総会の承認を得る手順を飛ばすと、後から譲渡の効力を争われることがありますので、順番を守って記録を残しておきます。

個人営業の宿を他人に譲るときは「廃止と新規」になりやすい

熊本県内の小規模な温泉旅館や民宿では、代表者が個人として旅館業の許可を持っている例が少なくありません。この場合、親族以外の第三者に宿を譲ると、前の営業者は廃止の届出を出し、新しい営業者が新規の許可を取る流れになるのが原則です。

新規の許可は、書類を出せばすぐ下りるものではありません。構造設備の基準を満たしているかを確認するため、保健所による現地の確認が入ります。古い建物では、現在の基準に合わせるための改修を求められることもあります。

引き渡しの日を先に決めてしまってから許可の相談を始めると、間に合わないことがあります。許可の見通しを先に立て、そこから逆算して引き渡しの日を決める順番が安全です。

「建物は動くが、許可は動かない」と覚えておく

売買契約を結んで代金を払えば、建物と土地の名義は移ります。しかし、営業するための許可はそれとは別の話です。ここを同じものだと思い込んでしまうことが、旅館・ホテルの承継でもっとも多い勘違いです。

後継者が決まった段階で、「誰の名義の、どの許可で、いま営業しているのか」を一枚の紙に書き出してみてください。旅館業、飲食店営業、酒類の販売、公衆浴場、プール、消防の届出。思っていたより多くの許可や届出が出てくるのが普通です。

別記事では「介護事業の事業承継で指定は引き継げる?株式譲渡と事業譲渡の違い」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

旅館業法の許可は、どんなときに引き継げるのか

旅館業を営むには、都道府県知事(保健所を設置する市では市長)の許可が必要とされています。熊本県内では、熊本市内の宿は熊本市の保健所、それ以外の地域は県の各保健所が窓口になるのが原則です。

この許可について、旅館業法には相続・合併・分割の場合に営業者の地位を承継できる規定が置かれています。つまり、すべての場面で取り直しが必要なわけではありません。

相続のときは、期限内に承認を申請するのが原則

宿を営んでいた方が亡くなり、相続人が営業を続けたいという場合、相続による地位の承継として知事等の承認を受ける手続きが用意されています。申請には期限が定められているのが原則で、期限を過ぎると承継として扱われず、新規の許可が必要になるおそれがあります。

期限や必要書類、相続人が複数いるときの取り扱いは、自治体の運用によって異なります。亡くなった直後の慌ただしい時期に重なりますので、葬儀と並行して、早い段階で管轄の保健所に電話を入れておくことをおすすめします。

なお、相続人が複数いる場合は、誰が宿を続けるのかを先に決めておく必要があります。遺産分割がまとまっていないまま申請しようとすると、ほかの相続人の同意書を求められて止まってしまうことがあります。

合併・会社分割は、あらかじめ承認を受けておく

法人が合併したり、宿の部門を会社分割で別の法人に移したりする場合も、地位の承継の規定が用意されています。ただし相続と違い、効力が生じる前にあらかじめ承認を受けておくのが原則です。

合併の登記が終わってから手続きを始めると、承認が下りるまでの期間が空白になりかねません。組織再編のスケジュールを組む段階で、許可の承認にかかる期間を先に確認しておきます。

営業の譲渡は、承継の対象から外れているのが原則

一方で、単なる営業の譲渡(事業譲渡)は、承継の規定の対象には入っていないのが原則です。宿そのものを売買しても、許可は前の営業者に残り、買った側は新しく許可を取ることになります。

そのため、第三者に宿を引き継ぐ事業承継では、「法人の株式を譲る形にできないか」をまず検討します。個人営業であれば、いったん法人を作って営業をそちらに移し、落ち着いてから株式を譲るという組み立ても選択肢になります。

もっとも、法人化そのものに費用と時間がかかりますし、税務上の影響もあります。どの形がよいかは、建物の名義、借入と保証の状況、買い手の希望によって変わりますので、個別の事情に合わせて検討することになります。

客室や浴場を増やすなら、承継とは別の手続きが必要

代替わりを機に客室を改装したり、貸切風呂を増やしたりする宿は多いものです。構造設備を変更するときは、承継の手続きとは別に、変更の許可や届出が必要になるのが原則です。

「承継の承認を受けたから、あとは自由に直してよい」ということではありません。改装の計画がある場合は、承継の相談と一緒に保健所へ図面を見てもらうと、二度手間を避けられます。

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旅館に付いている許可は、旅館業の許可だけではありません

旅館・ホテルは、食事、入浴、宴会、売店と、ひとつの建物の中に複数の事業が同居している業態です。そのため、承継のときに点検すべき許可や届出が、ほかの業種より多くなります。

次の表は、熊本県内の温泉旅館で典型的に関わってくる許可・届出と、その引き継ぎの考え方を整理したものです。制度は改正されることがありますので、実際の手続きは必ず窓口でご確認ください。

許可・届出主な窓口相続・合併のときの考え方譲渡のときの考え方
旅館業の許可管轄の保健所(熊本市内は市保健所)承認を受けて承継できるのが原則新規の許可が原則
飲食店営業の許可管轄の保健所届出により承継できるのが原則新規の許可が原則
酒類の販売(小売)免許所轄の税務署相続は申告により継続できる場合がある新規の申請が原則
温泉の利用に関する許可熊本県の担当課・保健所承継の規定による取り扱い要確認(新規手続きになる場合がある)
公衆浴場・プールの許可管轄の保健所届出または承認新規が原則
防火管理者の選任届管轄の消防署選任し直して届出選任し直して届出
入湯税の特別徴収義務者所在する市町村変更の届出変更の届出

食事と宴会がある宿は、食品衛生の許可を必ず点検する

宿泊客に食事を出していれば、旅館業の許可とは別に飲食店営業の許可が必要になるのが通常です。食品衛生法は、相続・合併・分割による承継については届出で足りる仕組みになっているのが原則で、営業の譲渡は新規の許可と整理されています。

あわせて、食品衛生責任者を置いているかも確認します。先代が責任者になっていた場合、代替わりで資格者が不在になることがあります。講習の日程は限られていますので、早めに受講の予約を入れておきます。

酒類の免許は引き継ぎにくい点に注意

売店でビールや地酒を販売している宿では、酒類小売業の免許を持っていることがあります。この免許は、法人の株式が変わるだけなら問題になりませんが、営業者が入れ替わる場面では新しく申請し直すのが原則です。

熊本県南には球磨焼酎の蔵元が多く、宿の売店が地元の酒を扱っている例はよくあります。承継の対象に売店の売上が入っているなら、免許の扱いを先に確認しておきます。

消防法の届出は、もっとも忘れられやすい

一定の規模の旅館・ホテルでは、防火管理者を選任して消防署に届け出ることが求められています。代表者や支配人が防火管理者を兼ねている宿では、代替わりと同時にこの届出が必要になります。

また、消防用設備等の点検結果の報告や、避難訓練の実施状況も引き継ぎの対象です。宿泊施設は人の命を預かる施設ですから、ここを空白にしないことが、何より優先されます。

熊本の温泉地でとくに揉めやすいのは「温泉の権利」です

熊本の温泉地で問題になりやすい温泉の権利のイメージ画像

熊本県には、阿蘇や南小国、人吉・球磨、天草、植木や菊池といった温泉地が県内各地にあります。温泉を使っている宿の承継では、建物よりも源泉の権利のほうが難しい論点になることが珍しくありません。

源泉は、目に見えないうえ、権利関係が古い取り決めのまま続いていることが多いためです。

源泉を自前で持っているのか、分湯を受けているのか

まず確認したいのは、宿が源泉そのものを持っているのか、他人の源泉から湯を分けてもらっているのか、という点です。

自前の源泉であれば、井戸や泉源の土地の権利関係と、温泉の掘削・利用に関する許可の名義を確認します。土地が先代の個人名義で、宿の経営は法人という形になっていると、相続のときに源泉だけが別の相続人に渡ってしまう危険があります。

他人の源泉から引いている場合は、分湯の契約書を探します。古い宿では、契約書がなく口約束だけで何十年も引いている、という例もあります。承継を機に、湯量・料金・期間・名義変更の条件を書面にしておくことを強くおすすめします。

組合や共同管理になっている源泉は、規約の確認が先

温泉地では、複数の宿が組合を作って源泉を共同で管理している例があります。この場合、組合の規約に、組合員の地位を譲渡・相続できるかどうか、総会の承認が必要かどうかが定められていることが多いです。

株式譲渡の形で承継するなら、経営者が変わっても組合員である法人は同じなので問題になりにくい一方、事業譲渡や個人間の譲渡では、組合の承認がないと湯を引けないという事態も起こり得ます。

買い手が決まってから規約を読んだために条件が折り合わず、交渉がやり直しになることもあります。源泉の権利関係は、相手を探し始める前に整理しておきたい部分です。

湯量や泉温が落ちたときの扱いを契約に書く

温泉は自然のものですから、年月とともに湯量が減ったり泉温が下がったりすることがあります。引き継いだ後にこれが起きると、「知っていて黙っていたのではないか」という争いになりやすいところです。

そこで、譲渡の契約では、直近数年の湯量・泉温の測定記録を資料として付け、一定の範囲を超えて変動した場合の取り扱いを定めておきます。売り手の側も、分かっていることを正直に開示しておくほうが、後の責任を限定できます。

別記事では「阿蘇市・阿蘇郡の事業承継はどう進める?旅館とあか牛の畜産の引き継ぎ」、「水俣市で会社や店を次に引き継ぐには?温泉旅館の承継と窓口」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

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建物と借入が重い——旅館・ホテルならではの資産の問題

旅館・ホテルは、売上の規模に比べて設備投資の額が大きい業種です。そのため、承継のときに建物と借入の扱いが最大の論点になることがよくあります。

抵当権と経営者保証が付いたままの建物をどう渡すか

宿の建物と土地には、金融機関の抵当権が設定されているのが通常です。そして、その借入には先代の個人保証が付いていることがほとんどです。

後継者が親族であっても、保証を引き継ぐかどうかは当然に決まるものではありません。経営者保証に関するガイドラインの考え方を踏まえ、金融機関と、保証を外せないか、二重に取られない形にできないかを協議する余地があります。

とくに先代が亡くなった場合、保証債務は相続の対象になり得ます。宿を継がない相続人にも影響しますので、相続が起きる前に金融機関と話を始めておくことが望ましいところです。

借地の上に建っている宿は、地主の承諾が要ります

温泉地では、建物は宿のもので、土地は別の方や神社・集落のものという例が見られます。借地の上に建つ宿を第三者に譲るときは、借地権の譲渡について地主の承諾が必要になるのが原則です。

承諾が得られない場合、裁判所に代わりの許可を求める手続きも制度としては用意されていますが、時間がかかります。買い手との交渉に入る前に、地主の意向を確かめておくのが現実的です。

なお、株式譲渡の形であれば借地人である法人が変わらないため、承諾の問題が生じにくくなります。契約書に、株主が変わった場合の条項が入っていないかは確認しておきます。

耐震と設備の更新費用を、引き継ぐ前に見積もる

築年数の古い宿では、耐震性能、ボイラー、給排水、空調、エレベーターといった設備の更新費用が、引き継いだ後に一気にのしかかることがあります。

後継者が親族であっても、ここを曖昧にしたまま代替わりすると、「こんな状態だと聞いていなかった」という不満が残ります。第三者に譲る場合は、修繕が必要な箇所を一覧にして価格の交渉材料にするほうが、お互いに納得しやすくなります。

費用の全体像については、別の記事で内訳の目安を整理していますので、あわせてご覧ください。

  • 直近10年の修繕の履歴と、今後5年で必要になりそうな修繕の一覧
  • ボイラー・ポンプ・空調などの設置年と耐用年数
  • 耐震診断を受けているかどうか、受けている場合の結果
  • 建築確認の図面と、増改築したときの手続きの記録

別記事では「事業承継で連帯保証人はどうなる?経営者保証の解除要件と相続時の扱い」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

営業を止めずに渡す——予約・OTA・入湯税の実務

旅館・ホテルの承継が難しいもうひとつの理由は、営業を止められないことです。引き渡しの日の前後にも宿泊のご予約が入っていますし、仕入も続いています。

宿泊予約の前受金は、どちらが負担するかを決めておく

引き渡しの前に受け取った宿泊代金は、引き渡しの後に宿泊するお客様の分であれば、本来は新しい経営者が負担してサービスを提供することになります。

株式譲渡であれば法人の中で完結しますが、事業譲渡の形では、前受金を新しい経営者に引き継ぐのか、売り手が精算するのかを契約で決めておく必要があります。決めていないと、引き渡し直後に資金の問題として表に出てきます。

団体や宴会の予約、年末年始など繁忙期の予約は金額が大きくなりますので、一覧にして金額と入金状況を確認します。

楽天トラベルやじゃらんの契約は、引き継げないことが多い

いまの宿は、オンラインの予約サイト(OTA)からの集客に支えられています。これらの契約は、名義の変更や契約の譲渡を認めていない例が多く、営業者が変わる場合は新たに契約を結び直すのが通常です。

結び直すと、掲載のページが新しくなり、積み上げてきた口コミの評価が引き継げないことがあります。これは宿の売上に直接響きますので、事業譲渡の形を選ぶかどうかの判断材料になります。

株式譲渡であれば契約の相手方が変わらないため、この問題は生じにくくなります。ここでも、法人の株式を譲る形が有利に働きます。

入湯税の特別徴収義務者としての届出

温泉のある宿は、宿泊客から入湯税を預かって市町村に納める立場(特別徴収義務者)になっているのが通常です。経営者や法人の代表者が変わるときは、所在する市町村へ変更の届出が必要になるのが原則です。

金額としては大きくありませんが、届出が漏れると納付書が前の経営者に届き続けることになります。代替わりのときに点検する項目として、固定資産税や事業所税と一緒に一覧に入れておきます。

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女将と料理長——旅館の信用は「人」に付いています

旅館の女将と料理長の引き継ぎのイメージ画像

旅館・ホテルの価値は、建物や源泉だけで決まるものではありません。女将の接客、料理長の献立、長年勤めてくれている仲居やフロントの方々。お客様が選んでくださる理由は、その人たちに付いていることが多いものです。

承継の設計では、この「人」をどう残すかが、価格と同じくらい重要になります。

株式譲渡なら雇用はそのまま、事業譲渡は一人ずつ同意が必要

株式譲渡では、雇っている法人が変わらないため、雇用契約はそのまま続きます。勤続年数も有給休暇も引き継がれます。

これに対して事業譲渡では、従業員を新しい経営者のもとへ移すために、一人ずつ同意を得て雇用契約を結び直すのが原則です。同意しない方が出れば、その方は前の会社に残ります。

小さな宿では、料理長や女将が一人抜けるだけで営業が成り立たなくなります。誰に、いつ、どの順番で伝えるかを事前に決めておくことが、承継を成功させる分かれ目になります。

住み込み・寮・変形労働時間制を先に点検する

旅館業では、朝と夕の繁忙に合わせた勤務の組み方や、従業員の寮、まかないといった、ほかの業種にはない労務の慣行があります。先代の時代から続いている取り決めが、現在の法令に合っていない場合があります。

とくに、1年単位の変形労働時間制の手続き、時間外労働の協定、休憩時間の確保、寮費の控除については、承継の前に確認しておきたいところです。買い手が調査に入ると、ほぼ必ず指摘される部分でもあります。

指摘を受けてから直すより、こちらから先に整えて開示するほうが、価格にも信頼にもプラスに働きます。

屋号・ロゴ・口コミの評価はどう引き継ぐか

宿の名前(屋号)は、長年のお客様にとっての目印です。事業譲渡の形で承継する場合、屋号や商標、ロゴ、ドメイン、SNSのアカウントを譲渡の対象に含めるかどうかを、契約書に一つずつ書き出します。

商標を登録しているなら、移転の登録手続きが必要です。登録していない場合も、先代が個人で持っている扱いになっていないかを確認します。

また、先代が屋号を使って別の宿を始めないという約束(競業避止)を、期間と地域を限って定めることも検討します。範囲が広すぎる定めは効力が制限されることがありますので、合理的な範囲に収めます。

熊本で旅館・ホテルの事業承継を進めるときの窓口と費用

ここまでの手続きを、熊本県内で実際にどこへ持ち込めばよいのかを整理します。宿の所在地によって管轄が分かれますので、まず自分の宿がどの保健所・どの法務局の管轄かを確認するところから始めます。

やること窓口・相談先費用の目安
旅館業の承継の承認・新規許可熊本市内は熊本市保健所、県内は管轄の県保健所自治体の定める手数料(数万円程度のことが多い)
飲食店営業の承継の届出・新規許可同じく管轄の保健所自治体の定める手数料
建物・土地の名義変更熊本地方法務局(本局・各支局)登録免許税+司法書士の報酬
株式の譲渡・役員変更の登記熊本地方法務局登録免許税+司法書士の報酬
後継者探し・マッチングの相談熊本県事業承継・引継ぎ支援センター、商工会議所・商工会相談自体は無料のものが多い
契約書の作成・権利関係の整理弁護士内容と規模に応じた報酬
株式の評価・税務の検討税理士内容と規模に応じた報酬

旅館業の許可は管轄の保健所、登記は熊本地方法務局

旅館業の許可の窓口は、熊本市内の宿であれば熊本市の保健所、それ以外の地域は県が置く保健所です。阿蘇、八代、人吉、天草、玉名、菊池、宇城、山鹿、水俣といった地域ごとに担当が分かれていますので、宿の所在地で確認します。

建物・土地の名義変更や会社の登記は、熊本地方法務局とその支局が窓口です。相続が絡む場合は、熊本家庭裁判所とその支部での手続きが必要になることもあります。

同じ市町村の中で管轄が分かれる地域もありますので、思い込みで出向かず、電話で確認してから足を運ぶほうが確実です。

熊本県事業承継・引継ぎ支援センターと商工会議所の使い分け

後継者がいない宿の相談先としては、熊本県事業承継・引継ぎ支援センターが公的な窓口です。後継者人材バンクや、県内外の買い手とのマッチングの相談ができます。

一方、熊本商工会議所や各地の商工会は、日ごろの経営相談の延長として事業承継診断や専門家の派遣を受けられます。付き合いの長い経営指導員に、まず状況を話してみるという入り方もあります。

公的な窓口は無料で使えますが、契約書の条項や権利関係の判断には踏み込めません。どこまでを無料の窓口で進め、どこから専門家に引き継ぐのかを、はじめに整理しておくと費用を抑えられます。

事業承継税制は「特例承継計画の期限」に注意

自社株の贈与や相続にかかる税金を猶予する事業承継税制のうち、負担の軽い特例措置を使うには、期限までに特例承継計画を提出しておくことが必要とされてきました。この提出期限は2026年3月31日とされており、すでに期限を過ぎています。

これから検討を始める宿の場合は、一般措置や、他の方法を前提に組み立てることになるのが原則です。制度は改正されることがありますので、最新の情報を国税庁や中小企業庁の資料でご確認ください。

なお、旅館・ホテルは不動産の割合が大きい業種です。会社の資産に占める不動産の比率によっては、そもそも税制の要件を満たさない場合があります。税務の見通しは早い段階で税理士に確認しておきます。

別記事では「熊本県事業承継・引継ぎ支援センターの無料相談はどこまで?後継者人材バンクの流れ」、「事業承継の費用は総額いくら?熊本の中小企業の内訳相場」についても解説していますので、あわせてご覧ください。

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旅館・ホテルの事業承継によくあるご質問

最後に、熊本県内の宿の経営者の方からよくいただくご質問にお答えします。

許可の手続きの間、宿を休まなければいけませんか

株式譲渡の形であれば、営業している法人が変わらないため、休む必要はないのが原則です。承継の承認を受けられる相続・合併・分割の場合も、手続きを踏むことで営業を続けられる仕組みになっています。

問題になりやすいのは、新規の許可を取り直す場合です。前の営業者が廃止し、新しい営業者の許可が下りるまでの間は営業できないのが原則ですから、この空白をいかに短くするかが実務の中心になります。

空白を避けるため、引き渡しの日を許可が下りる見込みの日の後ろに置く、繁忙期を外す、といった段取りを先に組みます。

後継者がいない宿でも、引き継ぐ相手は見つかりますか

ご親族に継ぐ方がいなくても、第三者への承継という道があります。近年は、旅館・ホテルの運営を手がける事業者や、地域で複数の宿を持つ会社、移住して宿を営みたいという個人からの関心も寄せられています。

ただし、建物の修繕費用が大きい宿や、源泉の権利が整理されていない宿は、交渉の途中で止まりやすくなります。相手を探す前に、許可・源泉・借入・労務の4点を整えておくことが、結果的にいちばんの近道になります。

価格が付かないと言われた宿でも、立地や源泉、常連のお客様といった強みが評価されて引き継ぎ先が見つかることがあります。あきらめる前に一度ご相談ください。

準備はいつから始めればよいですか

旅館・ホテルの承継は、許可の手続き、源泉の権利の整理、借入と保証の調整、従業員への説明と、段階を踏む項目が多い仕事です。親族に継ぐ場合でも1年以上、第三者に譲る場合は2年から3年を見ておくと無理がありません。

とくに、先代の体調が悪くなってから動き始めると、本人の意思を確認できる時間が限られてしまいます。許可の名義、源泉の契約、保証の内容を先代に説明してもらえる状態で聞き取っておくことが、後の争いを防ぎます。

「まだ元気だから」という時期にこそ、一度棚卸しをしておく価値があります。

旅館・ホテルの事業承継では、建物や源泉といった目に見える資産のほかに、旅館業の許可、飲食店営業の許可、消防の届出、分湯の契約、OTAの契約、従業員の雇用といった「見えにくいもの」を同時に引き継ぐ必要があります。

そして、承継の形をどう選ぶかによって、許可を引き継げるかどうかが変わります。法人が営業しているなら株式を譲る形がもっとも手続きが軽く、営業を止めずに代替わりできる可能性が高くなります。個人営業の宿を第三者に譲る場合は、許可の取り直しを前提に、引き渡しの日を逆算して決めていきます。

熊本県内では、阿蘇、南小国、人吉・球磨、天草、植木、菊池といった温泉地のそれぞれで、源泉の管理の仕組みや地域の事情が違います。全国向けの一般的な手順だけでは足りない部分がありますので、地元の窓口と専門家を早めに巻き込んでおくことをおすすめします。

当事務所では、熊本市・八代市を中心に事業承継のご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。

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