従業員承継(社内承継)とは?メリット・デメリットや方法、注意点など
中小企業では、依然として親族内承継が主流ですが、その割合は長期的に低下しています。近年では後継者不足に悩む経営者は、従業員による事業承継やM&A(企業の合併・買収)も選択肢とされています。
この記事では、その一つである役員や従業員に事業を引き継ぐ「従業員承継」について分かりやすく説明していきます。
目次
従業員承継(社内承継)とは?
従業員承継(社内承継)とは、社内の役員や従業員が事業を引き継ぐことです。
他にも「親族内承継」や「第三者承継(M&A)」という方法があります。
親族内承継 | 親から、子や親戚に事業を引き継ぐ方法 |
---|---|
従業員承継 | 家族以外の会社の人が事業を引き継ぐ方法 |
第三者承継(M&A) | 家族や従業員ではなく、外部の別の会社や人に引き継ぐ方法 |
MBOとEBOの違い
■MBO(経営者買収):経営陣や役員クラスの従業員が株式を取得して経営権を獲得する方法
経営方針を理解していることが多く、経営の継続性が高い特徴があります。
■EBO(従業員買収):会社の従業員が株式を取得して経営権を獲得する方法
現場に近い人が経営に関わるため、社内からの受け入れがしやすい特徴があります。
従業員承継のメリット
多くの候補者から後継者を選べる
従業員承継は、組織内でのスムーズな移行が特徴で、経営の継続性を高めることが期待されます。
後継者が親族内にいない場合でも、役員や従業員の中から、経営に適した人材を見つけ、後継者として育成することができます。
組織の中で信頼関係も築きやすく、引継ぎをスムーズに行えるため、経営を続けやすくなります。
業務や企業文化を円滑に承継できる
後継者は、会社のことをよく知っている人が選ばれます。
企業文化や理念、方針、業務内容に詳しい人が後継者になると、引継ぎがスムーズに行われ、経営が安定することが期待されます。
また、後継者は一定の実績を持っているため、育成にかかる手間も少なくて済みます。
他の従業員や取引先から理解を得やすい
後継者が経営や事業の方針をよく理解しているため、関係者からの理解を得やすいことです。
- 従業員:事業方針の継続性があり不安が少ない
- 取引先:既に取引実績のある後継者なので安心できる
- 金融機関:事業を熟知した後継者が経営するので前向きに評価できる
しっかりとした説明とコミュニケーションは欠かせませんが、後継者が事業に精通していることが、大きな強みとなります。
従業員承継のデメリット
後継者の資金面での負担が大きい
後継者にとって、株式の買い取り資金を用意するのは大きな負担です。
特に、業績の良い会社では株式の評価額が高くなるため、数億円から数十億円の負担が発生することもあります。
中小企業でも同様で、後継者の負担が大きい場合があります。
負担を軽減するための方法やサポートが必要です。
抜本的な経営改善や改革がしづらい
後継者は、先代経営者の方針に固執しすぎる可能性があり、大胆な方向転換や改革が難しくなることがあります。
そのため、経営の抜本的な改善が遅れる可能性もあります。
柔軟な発想やリーダーシップ、新しいアイデアが必要です。
先代の遺産や経験を大切にしつつも、時には新しい方向性を模索することが重要です。
個人保証の引き継ぎが問題となる
中小企業の経営者は、会社の借金に個人保証や資産を担保にしていることが一般的です。
後継者はこれらのリスクを引き継ぐことになりますので、経営者はリスクについて理解し、しっかりと説明することが重要です。
具体的には、会社の借金や返済計画をしっかりと把握し、リスクを最小限に抑えるための対策を考える必要があります。
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従業員承継を行う3つの方法
従業員承継には以下3つの方法があります。
- 株式を譲渡する:経営権と株式を一緒に譲渡する方法
- 株式を贈与・遺贈する:株式を無料で渡す方法
- 経営権のみを譲渡する:株式を持たずに経営権だけを譲渡する方法
各方法の特徴を理解し、自社に合った方法を選びましょう。
株式を譲渡(売却)する
●株式売却
経営者が役員や従業員に対して、自分の保有する株式を売却すること
● メリット
・後継者は経営権だけでなく、会社の所有権(株式)も手に入れられる
・株主総会などで経営者の意向が通りやすくなる
● 留意点
・後継者が株式を買い取るための資金調達が必要
・資金面でのハードルが高い
● 手順
・経営者が後継者候補を選定する
・株式の評価額を専門家に査定してもらう
・後継者による資金調達する(自己資金や融資など)
・株式売買契約を締結し、売却手続きを行う
このように株式売却は、後継者に経営権と所有権の両方を移譲できるメリットがあります。
一方で、資金面での負担が大きいため、後継者の資金計画が重要になります。
株式を贈与・遺贈する
● 株式の贈与・遺贈
経営者が保有する株式を、従業員に対して贈与または遺贈すること
● 贈与とは
生前に株式を譲渡すること
● 遺贈とは
亡くなった後に株式を相続させること
● メリット
後継者の資金的負担が少なくて済む
● 留意点
・贈与の場合:贈与税が課税される可能性がある
・遺贈の場合:相続人の遺留分(最低限相続させなければならない財産の割合)に配慮が必要である
● 手順
・経営者が後継者候補の従業員を選定
・贈与か遺贈かを決める
・専門家に相談しながら手続きを進める
・株式の評価額次第で贈与税の有無が決まる
このように株式の贈与・遺贈は、後継者の資金負担を大幅に軽減できるメリットがあります。
一方で、税金対策や相続人への配慮が欠かせません。
経営権のみを譲渡する
●経営権譲渡とは
・会社の株式(所有権)は経営者が持ったまま
・会社を実際に運営する「経営する権利」だけを従業員に渡すこと
●メリット
従業員は会社を買い取る必要がないので、お金をかけずに経営者になれる
●留意点
・従業員には会社の株式(所有権)がないため、最終的な決定権は経営者にある
・経営者の意向に逆らった経営はできない
●実際の関係性
経営者が「株主(所有者)」、従業員が「経営者」になる。
会社の大切な決定は、経営者ではなく株主(元経営者)が行う。
●手続き
・経営者が後継者の従業員を選ぶ
・経営権の移譲について契約書を交わす
・従業員が経営する立場(役員など)に就任
このように経営権譲渡は、従業員に経営を任せつつ、経営者が株主として関与し続けられるのが特徴です。
従業員承継の基本的な流れ
従業員承継は組織の持続性を確保するために欠かせません。
流れは以下の通りです。
①経営状況を把握・改善する
■会社の現状を見える化
・従業員数と給与総額を確認する
・設備や資産の内容と価値を洗い出す
・過去数年の売上高と経費の内訳をチェック
■現経営者の所有資産を確認
・会社が保有する資産をリストアップ
・借入金残高と返済計画を確認する
・経営者個人の株式保有状況を把握する
■経営改善の具体策を立てる
・売上を伸ばす方法:新商品開発や広告強化
・経費を削減する方法:無駄な経費の見直しと生産性向上
・財務体質を改善する方法:借入金の返済計画とキャッシュフロー改善
会社と経営者個人の資産状況を把握し、売上を上げたり経費を減らしたりすることで、会社の基盤をしっかりと整え、事業承継に向けて準備することが大切です。
②後継者を選任する
■共同創業者
現経営者と共に事業を立ち上げた人は、事業の背景や目標をよく理解しているから適任です。
しかし、年齢や能力の面でも見極める必要があります。
■役員
専務や常務など、経営を把握している役員は組織の運営に精通しており、後継者としてスムーズな移行が期待できます。
しかし、内部の派閥や軋轢には注意が必要です。
■従業員
信頼できて将来性がある従業員が後継者に選ばれることもあります。
組織内での実績やリーダーシップ能力、成長意欲などが重視されます。
しかし、経験不足やリスクも考慮すべきです。
後継者を選ぶ際には、経営者のビジョンとの一致や組織内の安定性、事業の継続性を重視し、バランスよく判断することが大切です。
③事業承継計画書を策定する
■事業承継計画書:事業の継承や引き継ぎを計画する文書
通常、10年間を計画期間とし、資産評価や後継者の選定、税務対策、財務戦略などを含みます。
後継者や関係者の安心と、スムーズな引き継ぎのために重要です。
(弁護士や税理士など、専門家による作成が推奨されます)
④後継者を育成する
後継者が即戦力となるためには、経営に必要なスキルや知識を身につける教育が重要です。
■経営スキルや知識を学ぶ
・会社経営の理論やマネジメント手法を学ぶ
・経済、マーケティング、財務などの経営学を学ぶ
・社内の経営者研修プログラムを活用する
■実務経験を積む
・営業、製造、人事など各部門で実務を経験する
・子会社や関連会社での実務経験を積む
■リーダーシップや戦略思考を鍛える
・リーダーシップ、戦略立案、意思決定のスキルを身につける
・実際の仕事場で、現経営者の元で学ぶ
このように、座学と実務の両面から着実に経営スキルを高めていく必要があります。
特に現場での実践経験を重ね、会社の理念や文化を体得しながら、後継者に相応しい人材へと育成していきます。
⑤関係者へ周知する
家族、従業員、取引先、銀行などに後継者の考え方や性格などを伝えることで、トラブルを避けやすくなります。
【家族へ】
・後継者の人となりを伝える
・遺産相続の手続きを進める
【従業員へ】
・新経営者を信頼してもらう
・会社の方針は変わらないと伝える
【取引先・銀行へ】
・取引関係の継続を確保するため
・後継者のビジョンを示し、新体制への信頼を得る
家族、従業員、取引先などに丁寧に事情を説明し、理解を求めることが大切です。
ただし、この情報を伝えるタイミングが早すぎても遅すぎてもいけません。
早すぎると誤解や憶測が広がり、遅すぎると信頼を失う可能性があります。
バランスの取れた周知が大切です。
⑥自社株式を譲渡する
自社株式を譲渡するとは、現経営者が保有している株式を後継者や従業員に売ることです。
後継者からお金をもらうのが一般的です。
資金が足りない場合は以下の方法で譲渡することもあります。
- 【無償譲渡】
資金が不足している場合や後継者の育成に焦点を置く場合に、株式を無料で譲渡することがあります。 - 【分割払い】
後継者が一括で支払いが難しい場合、分割払いで株式を譲渡することが考えられます。
これらの方法で、経営の継承や後継者の育成を支援します。
⑦業務の引き継ぎを行う
業務の引き継ぎは、経営者がしている仕事を徐々に後継者に教えていくことです。
- マニュアル作成:業務内容や手順をマニュアルにまとめ、後継者に伝えます
- トレーニング(OJT):実際の業務を経験させるトレーニングやOJTを行います
- メンタリング:経験豊富な人が後継者をサポートし、業務を引き継ぎます
- シミュレーション(実践):実際の業務を模擬したり、実際に業務を行いながら学ぶ方法もあります
引き継ぎが完了すると、事業承継が完成します。
従業員に事業承継する際の注意点
経営者に相応しい後継者を選ぶ
後継者を選ぶ際は、経歴や実績だけでなく、以下のポイントを重視しましょう。
- 実績と経験:過去の業績やプロジェクト成果を見ます
- リーダーシップ:チームをまとめる力を確認します
- コミュニケーション能力:情報伝達や意思疎通が円滑かどうかを見極めます
- 意思決定力:問題解決や迅速な決断ができるかを評価します
- 変革力:業界変化に適応し、変革を主導できる能力を見ます
後継者として優れた経営者であるだけでなく、人望や意思決定力もとても大切です。
後継者本人や親族から了承を得ておく
【後継者候補の了承】
・事業を引き継ぐ人(後継者候補)の承諾が必要不可欠
承継にはリスクもあるので、十分に話し合い、納得してもらう必要があります。
【家族の理解】
・ 現在の経営者の家族からも合意を得る
資産の贈与など、反対される可能性もあるので、丁寧に説明する必要があります。
【従業員への説明】
・従業員にも事業承継の影響を丁寧に説明する
全員が了承してくれることが、円滑な承継につながります。
このように、後継者、家族、従業員など、関係者全員の理解と合意を得ながら、着実に準備を重ねていくことが何より大切です。
資金面で後継者をサポートする
従業員に事業を承継する場合でも、基本的には後継者が株式を買い取る必要があるため資金面での支援が重要です。
そこで、以下のようなサポート策が考えられます。
- 【給与・報酬アップ】
株式の購入資金として、後継者の給与や役員報酬を増やす - 【融資を利用】
銀行やファンドから、事業承継のための融資を受ける - 【補助金の活用】
国や自治体の事業承継・引継ぎ補助金を有効活用する - 【税金の優遇措置】
相続時精算課税制度など、事業承継税制の優遇があるので、その制度を利用する
このように、様々な方法で後継者を資金面から支援することができます。
状況に合わせて、最適なサポート策を専門家に相談しながら検討しましょう。
個人保証の引き継ぎに気を付ける
現在の経営者が個人で借入れをしている場合、保証人や担保を後継者に引き継がなければなりません。しかし、銀行の許可が必須となります。
後継者が銀行から十分な信頼を得られないと、保証人や担保の変更を認められず、借金の額を減らさざるを得なくなる可能性があります。
そのため、適切な保証人や担保を用意し、銀行の理解を得ることが不可欠です。
借金の引き継ぎ問題は事業承継における大きな課題の一つです。
デリケートな問題を適切に対処するには、専門家に相談し、的確なアドバイスを仰ぐことが賢明です。
従業員への事業承継を円滑に進めるなら専門家にご相談下さい
従業員承継には大きなメリットがあります。
それは、後継者が会社のことをよく知る従業員から選ばれるので、経営方針を理解しており、他の従業員や取引先、銀行からも理解を得やすいことです。
しかし同時に、関係者全員の合意形成や法的リスク、税務対策など多くの課題が潜んでいます。
メリット面だけでなく、デメリット面も十分に認識した上で慎重に進める必要があります。
事業承継についてわかりやすくお伝えします。
熊本で25年、弁護士の西田幸広です。
この記事を監修した弁護士
西田 幸広 法律事務所Si-Law代表
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