クリニック・医院の事業承継|手続きの流れや費用、注意点など

クリニックや医院の廃業が進むと、地域医療にとって大きな損失となります。
たとえば、高齢の医師が引退を考えても後継者が見つからず、やむなく廃業となるケースが増えており、こうした課題は医療業界だけでなく、日本全体の「少子高齢化」や「人材不足」の中で広がる共通の問題とも言えます。
医療機関の事業承継は、医師免許が不可欠な点から、一般の事業承継よりも複雑です。
それでも、多くの患者さんにとってそのクリニックは欠かせない存在であり、地域社会の健康を守る重要な拠点でもあります。
本記事では、医療業界における事業承継の現状や課題、具体的な流れと注意点について解説していきます。
目次
クリニック・医院の現状と課題
高齢化と後継者不足の現状
2021年時点で、日本の開業医の平均年齢は54.2歳(厚生労働省調査)となっており、特に地方では70代以上の医師が多数を占める地域もあります。
その一方で、医師を目指す若い世代が減少し、後継者がいないケースが目立っています。
たとえば、親族に医師免許を持つ人がいないため承継ができず、廃業を余儀なくされる事例が多く見られます。
地域医療への影響
地方にある唯一の医院が廃業すると、住民は近隣の都市部へ移動せざるを得なくなり、高齢者など交通手段が限られる方々にとって深刻な問題となります。
患者だけでなく、そこで働くスタッフの雇用も失われ、地域医療全体に悪影響を与えることが懸念されます。
クリニック・医院の事業承継とは
医療特有の事業承継の特徴
医療機関の事業承継は、一般企業と異なり特有の課題があります。
医師免許を持つ後継者が必要なことや、医療法人の場合は「出資持分の買取」など特殊な手続きが必要です。
さらに、地域住民との信頼関係をいかに維持するかが非常に重要となり、慎重に計画を進めることが求められます。
事業承継の2つの方法
事業承継には、以下の2つの主要な方法があります。
- 親族内承継
例えば、医師の息子や娘がクリニックを引き継ぐケースが挙げられます。
この方法は親族間で行われるため、比較的スムーズに進むことが多いです。 - 第三者承継(M&A)
後継者が親族にいない場合、第三者に承継するという選択肢もあります。
地域の他の医療機関や、医師個人が引き継ぐ場合もあります。
近年ではこの方法を選ぶクリニックも増えています。
■親族内承継からM&Aへの移行
以前は、親族内で事業を承継するケースが主流でしたが、医師免許を持つ親族がいないことや、M&Aによる柔軟な承継が可能になったことから、第三者承継が増加しています。
(2020年以降の調査では、全体の事業承継のうちM&Aが占める割合が20%近くに上昇:中小企業庁データ)
親族内承継
■親族内承継とは
親族内承継は、クリニックを家族に引き継ぐ方法で、例えば医師の息子や娘が後継者となるケースが挙げられます。
特に地域に密着した医院では、患者さんからの信頼を引き継ぎやすいという大きな特徴があります。
■メリット
信頼関係の継続:たとえば、地域で長年診療を行っている場合、後継者が家族であると、患者さんやスタッフも安心感を持ちやすいです。
スムーズな移行:親族間での引継ぎは、意思疎通がしやすく、スムーズに進むことが多いです。
■デメリット
後継者不足:親族に医師免許を持つ人がいない場合、親族内承継は不可能です。
新しい方向性が難しい:親族間で伝統を守る一方で、新しい事業展開が難しくなるケースもあります。
第三者承継(M&A)
■第三者承継(M&A)とは
親族内に後継者がいない場合、クリニックを親族以外の第三者に引き継ぐ方法です、
この方法では、他の医療法人や医師が事業を引き継ぎます。
M&Aによる承継は、後継者不足という課題に対する有効な解決策の一つです。
■メリット
後継者の確保:親族に医師免許を持つ人がいない場合でも、事業の継続が可能になります。
地域医療の継続:地域密着型のクリニックがM&Aによって運営を続けることで、患者さんの安心を守ることができます。
経営基盤の強化:たとえば、大手医療法人が小規模クリニックを承継することで、経営が安定するケースもあります。
■デメリット
方針の変化:新しい経営者の考え方によって、これまでの診療方針や経営方針が変わる可能性があります。
患者さんやスタッフの不安:特に長年通院している患者さんにとって、医師の交代は大きな不安要素となる場合があります。
【合併による承継の例】
地域で複数のクリニックが統合し、診療科を拡充することで地域全体の医療体制を強化する事例も増えています。
この方法により、患者さんにとっての利便性が高まり、医療スタッフも効果的に配置することができます。
クリニック・医院における事業承継の流れ
医療機関の事業承継は、医師免許や地域医療の特性を考慮し、慎重に進める必要があります。
- 現状把握
まず、財務状況、患者数、設備の状態、スタッフ構成などを詳しく整理します。
収益や診療報酬の推移を分析し、クリニックの事業価値を評価するための基礎データが必要になります。 - 後継者候補の選定
親族内承継か、第三者承継(M&A)かを決定し、「医師免許を持つ後継者候補」を選びます。
医療承継では、単に医師資格を持つだけでなく、地域医療の重要性を理解し、患者やスタッフとの信頼関係を引き継げる人物であることが求められます。 - 事業承継計画の立案
承継のスケジュールを策定し、準備を進めます。
承継時期を決める際は、後継者の準備状況や、患者への影響を最小限に抑えるタイミングを考慮します。 - 後継者の育成
後継者が現場経験を積みながら、経営スキルや医療法規の知識を身に付けることが重要です。
たとえば、医療機関特有の保険請求や診療報酬制度の仕組みなども教育の一環となります。 - 関係者への説明
承継計画を患者やスタッフに説明することで、不安や混乱を防ぎます。
スタッフには事前に新しい運営方針を共有し、承継後も働きやすい環境を約束することが効果的です。 - 経営改善
承継前に収益性や運営効率を改善しておくと、譲渡価格が上がるだけでなく、承継後のスムーズな運営にもつながります。
設備投資や患者満足度向上の施策を見直すタイミングでもあります。 - 事業承継の実施
契約書の締結や、医療機関特有の行政手続きを完了させ、運営を正式に移行します。
■行政的な手続き
個人開設のクリニックの場合は保健所への診療所廃止届、医療法人の場合は理事変更の登記手続きが必要です。
これらは法律で定められており、手続き漏れがないよう専門家のサポートを受けることが推奨されます。
詳細については事業承継の手続きをご覧ください。
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クリニック・医院の事業承継にかかる費用相場
医療機関の事業承継にかかる費用は、医院の規模や運営形態、立地条件などによって異なりますが、一般的な相場は500万円~2,000万円程度です。
■費用の内訳
- 事業価値評価費用
医院の収益(診療報酬)、患者数、立地条件、設備の価値などを分析し、譲渡価格を算出するための費用です。
この評価に基づき、承継時の適正な価格が決定されます。 - 出資持分の買取費用(医療法人の場合)
医療法人を承継する場合、法人の出資持分を後継者が買い取ることが一般的です。
規模が大きい法人では、この費用が高額になることもあります。 - 専門家への手数料
弁護士、税理士、M&A仲介会社などの専門家に依頼する際の費用です。
契約書の作成、税務対応、交渉サポートなど、承継をすすめる上で必要な場面が多々あります。
■価格の決め方
事業価値の評価は、医院の年間収益や患者数、医療設備の状態などを基準に行います。
たとえば、都市部で収益性の高い内科医院では、年間利益の3~5倍が譲渡価格の目安となることがあります。
地方の小規模医院であっても、地域医療の維持という社会的な観点から、価値がしっかり評価されるケースがあります。
事前に専門家に相談し、詳細な見積もりを出してもらうことで、計画をより具体的に進めることができます。
クリニック・医院が事業承継を行う際の注意点
クリニックや医院の事業承継は、単なる経営の引継ぎではなく、地域医療の存続を担う重要な役割を果たします。
注意すべき点は、以下の通りです。
個人開設と医療法人開設で違いがある
クリニックの開設形態によって、事業承継の方法や必要な手続きが異なります。
それぞれの特徴と注意点を踏まえて、適切な対応を進めることが重要です。
個人開設のクリニック
個人開設のクリニックでは、医院の資産(医療設備や患者データなど)が譲渡対象となります。
譲渡契約を結ぶことで経営権を引き継ぐ形になります。
このため、クリニックの収益性や設備の価値が譲渡価格に大きく影響します。
- 必要な手続き
診療所廃止届や保健所への医療機関廃止届の提出が必要です。
地域によっては、行政手続きに時間がかかることがあり、スケジュール管理が重要です。
また、患者さんのデータ移行にはプライバシー保護の観点から注意が必要です。 - 注意点
患者離れを防ぐため、譲渡後も継続した診療が可能な体制を整えることが求められます。後継者の紹介や事前説明が欠かせません。
医療法人開設のクリニック
法人としての継続が前提で、譲渡は「出資持分の買取」という形で行われます。
これは、法人における株式譲渡に近い形式ですが、医療法の規定に従う必要があります。また、出資持分の評価が高額になるケースも多いです。
- 必要な手続き
法人の登記変更(理事の変更など)。
理事会の承認を得る手続き。
医療法や税法に基づく各種届出(厚生局や保健所などへの報告)。 - 注意点
法人形態の場合、税務や法務の複雑さが増します。
たとえば、出資持分の買取費用が税務上どのように処理されるか、後継者が法人運営を理解しているかを確認する必要があります。
共通の注意点
どちらの形態であっても、地域医療を支える重要な役割を担っているという視点を忘れないことが重要です。
また、行政手続きの不備やスケジュール遅延を避けるため、弁護士や税理士といった専門家のサポートを受けることが不可欠です。
事業承継は早目の準備が必要
事業承継を成功させるには、数年単位での計画が必要です。
特に医療機関では、患者さんやスタッフへの影響を最小限に抑えるため、早めに準備を始めることが重要です。
- 計画の開始時期
たとえば、65歳で引退を予定している場合、少なくとも60歳頃には後継者の育成や事業計画の立案を始めるのが理想です。 - 経営状態の安定
赤字経営のままでは、承継先が見つからないだけでなく、譲渡価格が大幅に下がる可能性があります。
事業承継に向けて、収益性の改善やコスト削減、患者満足度向上の施策を進めることが重要です。
後継者候補が限定されやすい
医療機関の後継者には医師免許を持つことが必須条件であり、この点が一般的な事業承継と大きく異なります。
しかしながら、医師不足が全国的に深刻化している現在、後継者を見つけることが容易ではないのが現状です。
特に地方では、地域医療を担う後継者を確保することが一層困難であり、大きな課題となっています。
- 必要なスキル
後継者には、医療技術や診療知識だけでなく、医院を運営していくための経営スキルも求められます。
診療報酬の請求や保険制度の仕組みを理解すること、スタッフの労務管理や財務管理が必要です。 - 地域医療への理解
地方のクリニックでは、患者さんとの信頼関係を維持することが地域医療の根幹となります。
地域特有の医療ニーズを的確に把握し、それに応える姿勢が求められます。
患者さんとの日常的な対話や、地域行事への参加を通じて、地域に根差した診療を行うことが期待されます。
経営方針や治療方針の確認は十分に行う
医療機関の事業承継では、後継者による治療方針や経営方針の変更がもたらすリスクに注意が必要です。
現在の運営方針が患者さんやスタッフから支持されている場合、急激な変化は混乱を招く可能性があります。
- 患者離れ
診療スタイルの変化が原因で、特に高齢の患者さんが通院をやめることがあります。 - スタッフの離職
治療方針の変更や働き方への不満が生じると、スタッフが離職するリスクがあります。
特に看護師や受付スタッフはクリニックの運営に不可欠な存在であり、退職が続くと診療体制が崩れる可能性もあります。
事業承継前に後継者と方針をしっかり話し合い、患者さんやスタッフへ丁寧に説明することが大切です。
医師としての専門性や地域医療への貢献を尊重しながら、患者さんとスタッフが安心して医療を受け続けられる環境を整えることが、成功の鍵です。
クリニック・医院の事業承継については「この街の事業承継」にご相談ください
クリニックや医院は、地域住民にとって健康を支えるかけがえのない存在です。
その存続を守る事業承継は、地域医療の継続にとって欠かせない取り組みです。
しかし、医師免許が必要であることから、後継者を見つけるのが非常に難しいのが現状です。
特に地方では、医師不足の影響が深刻で、後継者問題が医院存続の大きな壁となるケースも少なくありません。
「この街の事業承継」では、弁護士が医療機関特有の課題に向き合い、計画書の作成や承継手続きなどを通じて、スムーズな事業承継をお手伝いします。
法的なサポートを行うことで、トラブルを未然に防ぎながら、地域医療の未来を守るお手伝いをしています。
廃業ではなく承継という選択肢で、地域医療の未来を守るために、お気軽にご相談ください。


この記事を監修した弁護士
西田 幸広 法律事務所Si-Law代表
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