事業承継を進めたいものの、何からやるべきなのかと不安に感じることは多いでしょう。
事業承継ではやるべきことが多岐にわたるため、全体像をつかむことが第一歩です。
事業承継の準備が遅れると、税務・法務・人の引継ぎで思わぬ手戻りが生じてしまいます。
本記事では、事業承継でやるべきことをリストで整理し、実務の順番や必要書類まで解説します。
相続税・贈与税、株式の移転、登記やM&Aの流れなど、失敗しやすいポイントも具体的にまとめました。

目次
この記事を監修した弁護士
西田 幸広 法律事務所Si-Law代表
弁護士・法律事務所Si-Law/(株)TORUTE代表・西田幸広 熊本県を中心に企業顧問70社、月間取扱160件以上(2025年8月時点)。登録3,600社・20超業種を支援し、M&A・事業承継を強みとする。弁護士・司法書士・社労士・土地家屋調査士の資格保有。YouTubeやメルマガで実務解説・監修/寄稿多数。LINE登録特典で「事業承継まるわかりマニュアル」提供。
事業承継でやるべきことリストを紹介!
事業承継でやるべきことは、以下の7つのステップに整理できます。
- 1.現状の把握
- 2.後継者選定と育成
- 3.事業承継計画の策定
- 4.財務状況の改善と資産整理
- 5.税金対策と法的準備
- 6.関係者への説明
- 7.国の優遇制度活用
各段階は、独立しているようで連動しています。
実務では、書類・意思決定・コミュニケーションの3要素が絡むため、これらのステップは必ずしも順番通りに進める必要はありません。
例えば、後継者育成と財務改善は並行で進めるのが効率的です。
ここからは経営者が実際に進めるべきリストを、それぞれ詳しく解説します。
現状の把握
まずは現状を把握するために、棚卸し作業が必要です。
一覧化すべき内容には、以下のようなものが挙げられます。
- 事業ドメイン(誰に・何を・どのように)
- 顧客・取引先
- 設備・知財・ノウハウ
- 役員・従業員のスキル
- 借入や社長個人保証
- 株主構成と議決権比率
- 定款・株主名簿・社内規程の整備状況
それに加え、直近3〜5年の財務諸表を見て収益性・安全性・成長性を確認し、課題と改善テーマを抽出します。
国が提供する「事業承継診断シート」やローカルベンチマーク等を用いると、抜け漏れが減り、対外説明資料にも流用できて便利です。
後継者選定と育成
後継者を誰にするのかをもとに、親族内・役員や従業員への承継をおこなうか、第三者承継(M&A)をおこなうかを考える必要があります。
そのために、候補者の適性・コミットメント・生活設計を確認します。
経営は「引き継いだ瞬間」ではなく「引き継げる状態」を作るプロセスです。
権限委譲のロードマップと評価や報酬の見直し、金融機関・主要取引先との関係移管を計画的に進めておくとよいでしょう。
国の「事業承継マニュアル」や各地の事業承継・引継ぎ支援センターの活用も有効です。
事業承継計画の策定
中期経営計画に承継計画を織り込み、以下の内容を具体化していきます。
- 1.承継時期
- 2.株式・資産の移転方法
- 3.税務・法務スキーム
- 4.資金計画(納税・役員退職金等)
- 5.PMI(Post Merger Integration:買収後統合)や権限移譲
- 6.社内外コミュニケーション
- 7.里帰りの道(顧問化)
J-Net21や中小機構のフォーマットを使うと、方針・役割・期限・書類の紐づけが一目でわかります。
承継計画は「意思決定の設計図」であるため、動かしながら更新するように心がけましょう。
財務状況の改善と資産整理
事業承継前の財務状況の改善や資産整理といった「磨き上げ(磨き直し)」は、価値と選択肢を広げます。
具体的には、以下のような内容に優先順位をつけて整理していくのがおすすめです。
- 遊休資産の売却
- 滞留在庫の整理
- 赤字部門の方針
- 関連当事者取引の透明化
- 連帯保証・担保の見直し
- 資本政策と配当方針の整備
経営者保証の外しは後継者・買い手双方の安心につながります。
ガイドライン3要件(資産分離・財務健全性・情報開示)の達成や、保証料上乗せで保証不要が選択可能となる新制度も検討してください。
参考:中小企業庁|経営者保証
税金対策と法的準備
株式・事業用資産の移転では、相続税や贈与税の設計が肝要です。
事業承継税制(法人版)の特例は、相続税・贈与税の100%猶予など強力ですが、以下の内容には注意が必要となります。
- 2027年12月31日までの適用期限
- 都道府県への認定手続き
- 継続要件(5年間の雇用確保等)
参考:国税庁|非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等
特例承継計画の提出期限や制度期間は、事前にしっかりと調べておいてください。
併せて以下の内容は、法令や国税庁の通達等の公式情報に基づいて設計します。
- 非上場株式の評価方式(同業他社と比較する類似業種比準・会社の純資産で評価する純資産価額等)
- 同族株主の判定
- 議事録や登記書式の確認
関係者への説明
社員・役員・取引先・金融機関・親族などへの関係者には、情報の粒度と順番を設計して「早め・小出し・正直」に伝えるのが鉄則です。
内部と外部それぞれに、以下の点を明確にしておいてください。
【内部】
- 承継理由
- 時期
- 体制
- 変わる点と変わらない点
【外部】
- 代表者変更時期
- 連絡先
- 保証や担保の扱い
- 供給や品質の継続性
社内説明はQ&A集を用意し、主要取引先には個別面談、金融機関へは計画書と試算資料を添えると理解が進みやすくなるでしょう。
国の優遇制度活用
事業承継をおこなうにあたり、国の優遇制度が活用できます。
事業承継の実務負担を軽くする仕組みを積極活用してください。
代表的な例に、以下のような制度があります。
- 事業承継税制
- 事業承継・M&A補助金(事業承継・引継ぎ補助金)
- 経営者保証に関する制度改革 など
各制度は要件・期限・対象経費が明確に定められているため、一次情報で最新公募・公表を確認のうえ、計画に反映します。
地域の事業承継・引継ぎ支援センターが入口にもなるので、事前に情報を仕入れておくようにしましょう。
以下の記事では、事業承継に使える補助金について詳しく解説しているので、ぜひ参考にしてください。
関連記事:事業承継に使える補助金は?2025年度のスケジュールや申請方法・対象経費なども解説!
事業承継にはガイドラインがある?
事業承継には、国が公表しているガイドラインがあります。
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」は、早期取組の重要性と承継へ向けた5つのステップを示す標準手引きです。
事業承継ガイドラインに示されているステップは、以下の流れになっています。
- 1.方針決定
- 2.課題把握
- 3.計画策定
- 4.実行
- 5.フォロー
さらに、第三者承継(M&A)に特化した「中小M&Aガイドライン」も制定され、仲介・FAの説明義務や利益相反ルール、トラブル防止策まで具体化されています。
進め方の「公式ルート」として目を通しておくと、社内外の合意形成が格段に楽になります。
事業承継に必要な書類は?

事業承継に必要な書類の典型例は、次のとおりです。
- 定款・株主名簿(株主リスト)
- 株式譲渡関連(取締役会/株主総会議事録、譲渡契約書)
- 代表者・役員変更の登記関係(変更登記申請書、就任承諾書、辞任届、印鑑届書、印鑑証明書等)
- 取引先・金融機関向けの体制通知
- 相続/贈与・納税猶予の認定等で必要な申請書類 など
書式については、法務局の様式集や国税庁の各明細書が公表済みです。
M&Aの場合は後述のNDA・基本合意・最終契約等が加わります。
個人事業主の場合もやるべきことは同じ?
個人事業主が事業承継をおこないたい場合も骨子は同じですが、法的主体が「個人」のため、届出と資産の扱いが異なります。
親族内や第三者などへの事業の引継ぎや法人成りの有無で、開業や廃業等届出書・青色申告の承認や取りやめ・事業廃止等の届出が必要になる可能性があります。
設備・棚卸資産等の譲渡は消費税や所得税の論点が絡むため、簿価・時価や「事業の一括譲渡」の判定を一次情報で確認しながら進めるのが安心です。
- 法的な手続きと承継方法について
- 税務上の扱いについて
- 資産の区別について
ここでは、これらの内容を詳細にお伝えします。
法的な手続きと承継方法について
個人事業の承継方法は、以下の内容に大別されます。
- 生前贈与・売買(事業用資産や営業の譲渡)
- 相続(包括承継)
- 法人成り(会社設立+事業譲渡/現物出資)
開業・廃業等届出書は、所得税法第229条により事実発生日から1月以内の提出が義務付けられています。
相続により事業を継ぐ場合も、相続人が開業の届出や必要な税務手続きをおこないます。
手続きと納税の責任主体が変わるため、承継前に「資産目録」「契約関係」「許認可」の引継ぎ可否を整理しておいてください。
税務上の扱いについて
個人の営業譲渡では、資産ごとに消費税の課税・非課税が分かれます。
例えば、土地に関しては非課税です。
また営業の譲渡は、課税資産と非課税資産を一括で譲渡する性質を持つため、対価配分と消費税の計算方法に注意が必要です。
ただし、課税売上高が1,000万円以下の免税事業者の場合は、消費税の納税義務が免除される場合があります。
参考:国税庁|営業の譲渡をした場合の対価の額
参考:国税庁|納税義務の免除
設備等の譲渡益は所得税の対象となり、贈与の場合は受贈者に贈与税の検討が生じます。
扱いを誤ると余分な負担が生じるため、国税庁のQ&Aやタックスアンサーで不課税の具体例まで必ず確認するようにしてください。
資産の区別について
個人事業主の場合、個人と事業の資産区分を明確にするほど、承継時のトラブルは減ります。
例えば共用の自家用車・自宅兼事務所・役務提供契約などは、「誰が何を使い続けるか」を文書化し、帳簿・固定資産台帳・写真等で裏付けを残します。
承継後の減価償却や消費税区分、補助金・融資の対象判断にも関わるため、資産の棚卸し表を作り、引継ぎ後の名義変更・保険・リース契約の承継可否まで一覧で管理するのがおすすめです。

M&Aによる事業承継の場合の手順は?
M&Aによる事業承継では、以下の手順が基本線です。

2024年改訂の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、仲介・FAの説明義務、営業・広告の規律、禁止される利益相反、保証の取り扱いなど実務上の留意点が強化されました。
契約書サンプルやQ&Aも公開されており、取引の質と透明性を高める拠り所になります。
それぞれの手順について、詳しく解説します。
譲渡企業選定
M&Aによる事業承継では、譲渡企業の選定は重要な作業になります。
相手選びの際は、以下の内容を軸に進めるのがおすすめです。
- 事業の相性(顧客・人材・設備・地域)
- 財務の健全性
- ガバナンス
- 経営者保証の取り扱い
- PMIにおける雇用・拠点・ブランド方針
事業承継・引継ぎ支援センターや登録支援機関のネットワークを使えば、秘密保持に配慮しつつ候補探索が可能です。
ノンネーム資料・ネーム開示・初期ミーティングの段取りを標準化し、情報提供の一貫性を保つようにしてください。
条件交渉
M&Aによる事業承継の条件交渉は、価格だけでなく、以下の内容の総合条件で評価します。
- 引継ぎ期間
- 役員退職金
- 運転資金
- 保証や担保の解除
- 競業避止
- 表明保証
- アーンアウト など
第3版ガイドラインは、手数料と提供業務の紐付け・相手方手数料の見える化・利益相反の具体化を求めています。
基本合意(LOI)では独占交渉・守秘・表明保証の枠を先に合意しておくとあとがスムーズです。
情報管理
情報管理の面では、最初にNDA(秘密保持契約)を締結し、段階的に情報を開示します。
財務・税務・法務・人事・環境・ITなどのデューデリジェンスは、確認事項リストを使ってするようにすると作業が効率的に進みます。
社内ではアクセス権限と持出ルールを明確にし、社外資料は版数管理(変更履歴の記録)とウォーターマーク(著作権管理と不正利用防止のための「透かし」)で追跡可能性を確保します。
ガイドラインのQ&A・参考資料には契約書サンプルやトラブル事例も掲載されています。
統合作業への協力
クロージング後のPMI(統合)は、従業員・顧客・IT・会計処理・稼働計画の「初期100日」が勝負所です。
就業規則・評価制度・決裁ルール・ブランド使用の扱いを明確にし、現場の不安を最小化します。
中小企業庁はPMI実践ツールも提供しているため、デイワン計画の作成やKPI設計に活用してください。
事業承継で主に課題となることとは

事業承継での主な課題は、大きく「人・お金・手続き」の三つです。
- 後継者の問題
- 従業員・取引先やノウハウなどの人的課題
- 財務や税務の課題
これらは同時多発するため、計画書と進捗管理(RACIやガントチャート)で全体を俯瞰し、社内・専門家の役割分担を明文化する必要があります。
後継者の問題
後継者の問題は、「適任者がいない」「候補は若く経験が浅い」「親族間の意向が割れる」などが典型的です。
対応として、以下のような内容が挙げられます。
- 権限委譲の段階設計
- 外部人材や社外取締役の登用
- 教育計画(財務・商談・人事・法務・現場)の年次化
- 金融機関・主要顧客との同席訪問などの実践練習
公的支援窓口でコーチングや専門家派遣を受けると、社内だけでは難しい課題の突破口が見つかりやすくなります。
従業員・取引先やノウハウなどの人的課題
属人化した技術・取引・仕入れは、業務マニュアル化・図解化・動画化で移転の再現性を高めておくとよいでしょう。
評価制度・等級・賃金テーブルは、変更有無を早期に周知し、不安点には対策を講じるようにしましょう。
取引先には品質・納期・保守体制を提示し、継続性を示します。
PMI実践ツールや「10年先の会社を考える」資料は、人的統合とコミュニケーション設計に役立ちます。
財務や税務の課題
財務や税務の課題として、非上場株式の評価方式(類似業種比準・純資産価額・併用)や同族株主の判定は、税務負担と分散策に直結します。
納税猶予や相続・贈与の適用期限、要件、報告義務を一次情報で必ず確認してください。
経営者保証の解除や見直しも並行して検討し、承継後の資金繰りに余裕を持たせます。
事業承継で必要になる知識とは
最低限押さえておきたいのは、以下の3領域です。
- 税務や会計に関する知識
- 法務に関する知識
- 経営や財務に関する知識
各領域は「互いの前提」になっているため、一部分だけ最適化するとバランスが崩れます。
例えば税務メリットだけを追うと、登記・契約や資金繰りの歪みを招くことがあるのです。
逆に、会計・ガバナンスを整えると、税務手続き・金融交渉・M&Aでも好影響が出ます。
それぞれに把握しておきたい内容をご紹介するので、一次情報で土台を学び、実務は専門家と設計・検証・実行の順で進めてください。
税務や会計に関する知識
税務や会計に関する知識として、以下の内容を把握しておいてください。
- 非上場株式の評価(会社規模区分と評価法)
- 評価明細書の作成
- 事業承継税制(特例・一般)の相違
- 雇用確保要件や継続保有要件
- 提出期限・認定手続
- 報告義務
相続・贈与・譲渡で課税関係が異なる点、営業譲渡における課税・非課税資産の区分も理解が必要です。
根拠は国税庁のタックスアンサー・通達・明細書を参照してください。
以下の記事では、事業承継税制の要件について解説しているので、参考にしてください。
関連記事:事業承継税制の要件とは?特例措置と一般措置の違いやメリット・デメリットも解説
法務に関する知識
法務に関する知識では、以下の内容が必要です。
- 定款・取締役会や株主総会の運営
- 議事録の作成
- 代表取締役・役員変更の登記
- 株式譲渡制限の運用、契約(NDA・基本合意・最終契約) など
法務局の申請書様式や記載例を参考に、必要書類の要否(就任承諾書・辞任届・印鑑届書・印鑑証明)をケースに合わせて確認します。
M&A時の利益相反管理や説明義務は、第3版ガイドラインの要諦です。
経営や財務に関する知識
事業承継は「価値のバトンパス」です。
経営の実務として、以下の知識は重要になります。
- 資金繰り計画
- 納税資金・役員退職金の原資
- 借入・保証の整理
- KPI設計
- PMIの100日プラン
- コミュニケーション戦略
中小企業庁の診断シート・参考ガイド・PMIツールを使うと、計画から実行まで一貫して管理できます。
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まとめ
この記事では、事業承継でやるべきことについて解説しました。
事業承継の実務は、以下の7段階で進めていきます。
- 1.現状の把握
- 2.後継者選定と育成
- 3.事業承継計画の策定
- 4.財務状況の改善と資産整理
- 5.税金対策と法的準備
- 6.関係者への説明
- 7.国の優遇制度活用
国の事業承継ガイドラインと中小M&Aガイドラインを公式の道標とし、税務(評価・猶予)、登記(代表・役員変更)、M&A(交渉・情報管理・PMI)は一次情報で設計していってください。
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