農業を事業承継するには?方法や成功に導くためのポイントを解説
農業は、私たちの食料を作り出す大切な産業です。
農業の経営を次の世代に引き継ぐためには、農地や機械などの有形資産だけでなく、農業の技術やノウハウ、人脈などの無形資産を受け継ぐことも重要です。
そのため、熟練した農家から経験と技術を学ぶことが欠かせません。
この記事では、農業の事業承継の方法と種類、そして成功に導くためのポイントをわかりやすく解説します。
目次
農業の事業承継に関する現状と課題
日本全体の高齢化が進む中で、農業従事者の減少と高齢化はより深刻です。
令和5年時点で、基幹的農業従事者の平均年齢は68.7歳と極めて高くなっており、後継者不足のため、15年間で168万人もの農業従事者が減少しています。
一方で、2009年の農地法改正により、農地の集約化が進み、大規模経営の増加という動きがあります。
経営規模が拡大するにつれ、従来の家族経営から法人経営への移行する例も出てきました。さらに、一般企業による農業参入も活発化しています。
このように大規模化が進行する中で、伝統的な小規模農家における事業承継は一層難しくなってきました。熟練した技術やノウハウの継承が課題ですが、従事者の高齢化によりスムーズな引き継ぎが難しい状況です。
大規模化と小規模農家の事業承継の両立が難しくなっているといえます。
農業の事業承継で引き継ぐ3つの要素
農業の事業承継では、主に以下の3つの大切な要素が、次の世代へ引き継がれる必要があります。
①経営権
■農業経営を代表し、最終的な決定を下すのが経営者の地位と権限を、次の世代に引き継ぐこと
経営者は経験と知識を基に、作物の育て方や農業経営に関する重要な決定を行います。
例えば、どの作物をどの時期に植えるか、どのような肥料を使用するか、収穫時期の決定など、日々の経営活動において様々な判断が求められます。
経験豊富な先代から作物の育て方や農業技術、天候の変化に合わせた作物の育て方や、地域の方々や取引先との良好な関係構築、さらには市場の変化に柔軟に対応する能力も求められます。
経営方針や、農業技術の継承だけでなく、経営に関わる全ての経営者の役割を明確に引き継ぐ必要があります。
②資産
■農業を営む上で必要な有形資産を、次の世代に引き継ぐこと
農地、農機具、果樹園や畑の土地、運転資金、借入金などが該当します。
多くの農家で住居と農業設備が一体となっている場合が多いですが、事業用の資産と個人的な資産をきちんと区別する必要があります。
そのため事前に農業経営を法人化しておくと、法人の資産と個人の資産が分かれているので、承継がスムーズになります。
資産の整理と適切な評価、効率的な管理方法の伝達が重要であり、相続税などの税金面での対策についても、事前に十分な検討が必要になります。
③知的資産
■目に見えない大切な無形資産を、次の世代に引き継ぐこと
経営理念、作物を育てる技術やノウハウ、顧客からの信用や評判、ブランド価値、従業員の知識や経験などがあげられます。
特に農家の場合、代々受け継がれてきた農業の知恵や、地域との深いつながりが大切な知的資産となります。
まず事前に洗い出しと整理を行う必要があり、その上で後継者との対話を重ね、技術やノウハウをマニュアル化します。
また、地域行事に継続して参加するなどの地域とのコミュニケーションが必要となります。
農業を事業承継する方法と種類
農業における事業承継の種類は、大きく以下3つに分類されます。
①親族内承継
■親族内承継とは、家族や親族が農業を継承すること
以前は、家族内で農業を継承し、経営を引き継ぐことが一般的でした。
多くの場合、農家の息子や娘が早くから農業に携わり、後継者として経営を引き継ぐケースが多かったのです。
メリット・デメリット
【メリット】
- 経営者の方針やノウハウを引き継ぎやすい
- 既存の農地、設備、資金を引き続き活用できるので、初期費用を抑えられる
- 従業員や取引先にとっては、馴染みの家族が継ぐので安心できる
- 子供の頃から農業に携わることで、ゆっくりと引き継ぐ準備ができる
【デメリット】
- 家族構成員の意思が一致しない場合がある
- 相続人が複数いると、農地や施設の分配が難しくなる
- 農業の収入や経営権をめぐって、家族間でトラブルが発生する可能性がある
農業に限らず、親族内承継には、跡取りがいない場合や、事業を継ぐ意欲が子供にない場合があります。
家族の歴史や経営の継続性は重視されますが、後継者不足や相続問題などの課題も存在します。
親族内承継は一般的な方法ですが、現在では、親族外承継や第三者承継など、多様な承継の選択肢が検討されるようになってきました。
②親族外承継
■親族外承継とは、家族や親族ではない人が農業経営を引き継ぐこと
メリット・デメリット
【メリット】
- 農業の技術やノウハウをすでに身に付けている人を後継者に選ぶことができる
- 従業員が経営者になるので、他の従業員も抵抗なく受け入れられる
- 取引先などの関係者からの理解も得やすい
【デメリット】
- 後継者に適した従業員がいない場合がある
- 後継者に資産を買い取る資金力がないことが多い
③第三者承継(M&A)
■第三者承継(M&A)とは、農家の家族や従業員ではない、農業経営に関係のない第三者が、農業経営を引き継ぐこと
近年では、第三者による農業経営の引き継ぎが増加傾向にあります。
具体的には、農業参入を希望する企業や個人投資家などが、既存の農家から農業の経営を買い取ることや引き継ぐことがあります。
農業経営の売買を仲介する会社やマッチングサービスを利用して探すケースや、農業をやってみたい人を対象に、研修生として数年間雇用し、一定期間農業の技術や知識、経営ノウハウを教え込んだ後に、本格的に事業を引き継ぐ場合もあります。
メリット・デメリット
【メリット】
- 農業従事者が高齢化や後継者不足で減少する中、若者の農業参入を後押しできる
- 従業員や親族に後継者がいない場合でも、農業経営の持続性が保たれる
- 農地や施設、ブランド力などを活かして、成長を続けられる
- 若い人が参入することで、地域が元気になるかもしれない
- 第三者による新規参入により、新しいアイデアや経営ノウハウが導入される可能性がある
【デメリット】
- 引き継ぐ人の適性や本気度、経営能力、資金力などを正確に評価する必要がある
- 農業の技術やノウハウを引き継ぐための研修期間が必須である
- 事業引き継ぎには時間と費用がかかるため、慎重に計画する必要がある
- 農地や施設の評価や見積もり違いなどで、トラブルが発生する可能性がある
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農業の事業承継を成功に導くためのポイント
農業の事業承継を成功に導くためのポイントは、経営状況の把握、後継者の育成、補助金や納税猶予制度の活用です。
できるだけ早い段階で準備する
農業は長年の経験と技術、自身の体力が大きな資本となります。
農業の技術やノウハウを身につけ、一人前の農業経営者に成長するには、多くの時間と経験を積む必要があります。
若いうちから農業に携わり始め、段階を踏みながら実践的な経験を重ねていくことが重要です。
事業承継の具体的な計画を立てる際は、以下のような点を総合的に検討する必要があります。
- 後継者の教育・トレーニング計画
- 事業資金の準備計画
- 経営戦略や発展方針
- 親族・従業員・取引先など関係者への周知
これらをしっかりと準備し、着実に後継者を育成していくことが、成功のポイントとなります。
実際の事業承継の手順は、以下の通りです。
- ① 経営状況・資産の把握
保有する農地、施設、機械など全ての資産を洗い出し、10年先を見据えた中期経営計画を策定します - ② 後継者の選定・育成
親族内承継、従業員承継、第三者承継など、適切な承継方法と後継者を選び、農業の技術や経営ノウハウを着実に引き継いでいきます - ③ 関係者への周知
後継者が決まれば、親族、従業員、取引先、金融機関など全ての関係者に事業承継の計画を伝え、理解を求めていきます
補助金や納税猶予制度を活用する
農業の事業承継を促進するため、国は補助金や納税猶予制度など様々な支援策を提供しています。
経営継承・発展等支援事業、若手の新規就農支援
○経営継承・発展等支援
農業経営を次の世代に引き継ぐ際の取り組みを支援する国の制度
■補助上限額: 100万円(国と市町村がそれぞれ1/2ずつ負担)
市町村に「経営発展計画」を提出し、補助金の交付を受けられます。
【制度の対象者】
・認定農業者
市町村から経営基盤や従事日数などの要件を満たすと認定された農業経営者
・人、農地プランに位置づけられた経営体
地域の中心になる農業経営体として、地域計画に位置づけられている経営体
経営基盤が一定以上あり、地域農業を支える中核的な存在となる農業経営体が対象とされています。
【補助対象となる取り組み例】
- 法人化
- 新品種や新部門の導入
- GAP、HACCP等の認証取得
- データ活用による経営管理の高度化
- 販路開拓、新商品開発
- 省力化機械の導入による品質向上
- 防災・減災対策の導入 など
「経営発展計画」の提出と併せて、補助金の交付が行われ、事業承継後の経営発展を後押します。
○若手の新規就農支援
農業の担い手不足が課題となっている中、若手の新規就農者を応援する制度
■支給額: 最長2年間で月額12.5万円(最大150万円)
農業の技術を学ぶ研修期間に利用できる支援金を受けられます。
【対象者】
- 新規就農を目指す若者(概ね50歳未満)
- 将来は自分で農業経営を営む意思がある若い世代
- 研修を受けながら、いずれ自分で農業経営を営む準備をする人
【就農後の条件】
実際に就農して一定の規模の農業経営を行い、就農後5年間は650万円以上の収入を確保することが求められる。
この制度は、才能と意欲のある若者に対し「就農準備期間中」の生活費の支援し、新規就農者を確保・育成しようとするものです。
農地に関する納税猶予制度・事業承継税制
○農地に関する納税猶予制度
農地を相続した場合、一定の要件を満たせば相続税の納付を猶予できる制度
【対象要件】
- 相続後20年以上、実際に営農を継続すること
- 経営面積が市町村ごとに設定された下限面積を下回らないこと
一定期間農業を続けることを条件に、相続税の納税が猶予され、農地の相続による農業経営への影響を軽減します。
○事業承継税制
事業承継に伴う相続・贈与の際の税負担を軽減する特例措置
【対象要件】
- 事業の同一性が維持され、一定期間継続すること
- 一定数以上の従業員の雇用が確保されること
- 事業用資産について納税猶予の特例が適用されること
事業を円滑に承継するための条件を満たせば、相続税や贈与税の納税負担を軽減します。
○両制度の組み合わせ
農業経営においては、農地に関する納税猶予制度と事業承継税制の両方を組み合わせて適用することができます。
【メリット】
- 農地の相続時に相続税の納税が猶予される
- 事業の承継時に相続税・贈与税の税負担が軽減される
この2つの制度を上手く活用することで、農業経営の継承をより円滑に進めるための支援制度です。
インターネットを活用する
インターネットの普及により、農業をこれまでよりも身近に感じられるようになってきました。
SNSで農作業の様子や収穫した作物を発信することにより、若者たちが農業に対する理解を深め、興味関心が高まっています。
事業承継の面でも、マッチングサイトを活用して広く後継者を探す新たな選択肢が生まれつつあり、この手法の活用がどんどん増えています。
新規就農の促進や円滑な事業承継を後押しするため、マッチングサイトは有力なデジタルツールとして注目されています。
マッチングサイトの活用
・オンラインで譲渡希望者と譲受希望者をマッチングするサービスがある
・農業専門の事業承継プラットフォーム(掲載されるサイト)も存在する
【マッチングサイトのメリット】
- 広く後継者を探すことができる
- インターネットを活用しているので地域への制約がない
- 専門サイトでは農業に特化した条件で検索可能
SNSを活用した農業のマーケティング
・農作業や作物の成長をSNSで発信することで農業をPR
・農業を身近に感じてもらえ、ネット販売への誘引にもなる
・農家同士の情報交換の場にもなる
・新しい農業の姿を若者に示せる
・新規就農では魅力的な発信が注目されている
【農業に対する若者の関心が高まった背景】
•農業への新しいイメージ
ビジネスチャンスとしての価値が生まれた
独立開業や自由なライフスタイルを望む若者が増加
•新しい技術の登場
スマート農業で農作業の効率化や省力化が可能に
新技術で経験や労働力不足を補うことができるように
•支援環境の整備
施設やスマート農機器の導入に補助金が使える
新規就農者が事業をスタートしやすい環境が整備された
•インターネットの影響
新しい農業の魅力をインターネットで知る若者が増加
マッチングサイトで農業参入がスムーズになった
農業事業においても、このようなデジタルツールの積極的な活用は、活性化につながり、新たな成長の機会を生み出しています。
マッチングサイトやSNSの活用は、事業承継や新規参入を後押しする有力なツールとなっていますが、重要な経営判断に際しては、信頼できる専門家に相談しましょう。
専門家に相談する
事業承継は、土地や事業用資産の適正評価、譲渡価格の算定、相続税対策など、高度な専門知識が必要です。
また、資産の評価額の算定など、専門的な点についても専門家のアドバイスを受けることが重要です。
国の支援制度や補助金制度についても最大限活用できます。
一人で抱え込まず、専門家に相談することで、事業承継をスムーズに進められるだけでなく、トラブルのリスクも避けられます。
農業の事業承継を円滑に進めるなら、専門家である「この街の事業承継」にご相談下さい
日本の農業を次の世代に着実に継承していく上で、新規就農者の方々と既存の農家の皆さんとのつながりが、とても大切になってきます。
新規で農業をスタートするには、土地の確保やビニールハウスの建設など、かなりの初期費用がかかってしまい、若い方々の新規参入を阻む大きな壁となっているのが現状です。
一方で、既存の農家さんの事業を引き継ぐ場合は、新規開業よりもコストを大幅に抑えられるメリットがあります。
さらに長年培われた農業のノウハウを、既存農家の皆さんから教えてもらえるため、スムーズな事業継続も期待できます。
事業承継となると、土地評価や税務対策など、複雑で難しい面も出てきますが、適切な専門家のアドバイスで課題もクリアできます。
税のこと、法のこと、わかりやすくお伝えします。
熊本で25年 弁護士の西田幸広です。
この記事を監修した弁護士
西田 幸広 法律事務所Si-Law代表
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