事業承継はゴールではなく、新しい体制で会社を動かしていくスタートです。
社長の交代などで体制が変わる時期は、小さな行き違いや思い違いがどうしても起こりやすくなります。
特に「誰が最終的に決めるのかがはっきりしていない」「口頭の約束だけで書面に残していない」といった状態が続くと、気付かないうちに現場の仕事にも影響が出てしまうことがあるでしょう。
「引き継ぎは終わったはずなのにトラブルが多い」「誰に相談すればいいのかわからない」と感じる方も少なくありません。
この記事では、事業承継後に起こりやすいトラブルとその原因、そのための対応策や成功事例までを、わかりやすいようにご紹介しました。
「まだ先のこと」と思わず、今のうちから少しずつ準備を始めておくことで後のトラブルを大きく減らすことができるはずなので、ぜひ参考にしてください。

目次
事業承継後のトラブルで起こりやすいのは?
事業承継の直後は、人・契約・お金・情報といった会社の基本的な仕組みが一気に入れ替わります。
このタイミングでは、どうしても大小さまざまなトラブルが起こりやすくなるものです。
- 経営面・社内のトラブル
- 親族間のトラブル
- 外部関係者とのトラブル
- 財務・税務のトラブル
- 承継手続き・法務上のトラブル
こうした問題に共通する原因は、「口約束のままで書面がない」「記録や根拠が曖昧」「優先順位がはっきりしていない」といった点にあります。
このような状態を放っておくと、少しずつ誤解が広がり、やがて社内外の衝突や信頼の損失につながってしまうこともあるでしょう。
ここでは、それぞれのトラブルがどのように起こりやすいのか、その背景や原因を詳しく解説します。
経営面・社内のトラブル
事業承継の直後は、「誰が最終的に決めるのか」が曖昧になりやすく、経営面や社内でのトラブルが起こりやすい時期です。
前の社長と新しい社長の意見が食い違ったり、昇進や給与の決め方に不公平感が出たりすると、現場の士気が下がることもあります。
また、組織変更を急ぐと一部の人に負担が集中し、体調不良や人間関係のトラブルにつながるおそれも考えられます。
こうした問題を防ぐには、「誰が・どの範囲で・どう決めるか」を明確にしておくことが大切です。
会議の目的や役割を整理し、責任の所在を文書にして共有しておくとよいでしょう。
最初から完璧を目指す必要はなく、運用しながら少しずつ見直していくことで組織が落ち着き、自然とスムーズに動くようになるはずです。
経営面・社内のトラブル事例
- 新しい社長が会議で決めた方針とは別に、前の社長が現場に直接指示を出したため、部門長がどちらの判断を優先すべきか迷ってしまった
- 昇進や降格の基準をはっきり決めずに人事を進めたことで、「不公平だ」と感じる社員が増え、社内での相談や不満が相次いだ
- 急な組織変更により、一部の管理職に仕事が集中し、パワハラの疑いが持ち上がった
これらの原因は、「ルールが曖昧なこと」と「情報の共有不足」にあります。
事業承継の直後は、こうした混乱が起こりやすい時期であることを、まずは理解しておきましょう。
新しい体制が始まったばかりの時期こそ、「誰がどう判断するのか」「どこまでが自分の役割なのか」を明確にし、社内全員が迷わず動けるように整えておくことが大切です。
親族間のトラブル
家族の「気持ち」と会社の「ルール」がぶつかりやすいのが、親族間で起こるトラブルです。
事業承継の場面では、「家族だからわかっているだろう」と思い込み、口約束のまま話を進めてしまうケースがあります。
その結果、時間が経ってから意見の食い違いが起き、関係がこじれることも少なくないと言えるでしょう。
多くの場合、原因は感情の問題ではなく、「約束や取り決めを文書にしていないこと」と考えます。
例え小さなことでも、話し合って決めた内容はきちんと書面に残し、後々の誤解や対立を防ぐようにしておくのがおすすめです。
親族間のトラブル事例
- 退職金の金額をめぐって意見が食い違い、支払い方法まで争いになった
- 兄弟株主の考え方が合わず、配当を増やすかどうかで対立した
- 相続で株が分かれ、重要な決定ができずに事業が止まってしまった
これらのトラブルは、話し合いの内容を文書に残さなかったり、将来の方針を決めずに進めてしまったことが原因と言えます。
家族間の関係が近いほど、「話せばわかる」と思ってしまいがちですが、約束は必ず書面で確認しておくようにしましょう。
感情で進めるよりも、ルールを形にしておくことが、安心して事業を続けるための一番の近道です。
外部関係者とのトラブル
事業承継の直後は、取引先や金融機関から取引条件の見直しを求められることがあります。
価格の引き下げや支払条件の変更など、相手も「新しい体制を見極めよう」とする動きが起きやすい時期です。
準備が不十分なまま対応すると、利益の減少や資金繰りの悪化につながるおそれもあるでしょう。
こうしたトラブルを防ぐには、契約内容や過去の取引状況をあらかじめ整理し、変更できる範囲を社内で共有しておくことが大切です。
交渉では、根拠を示しながら丁寧に説明し、対応窓口を一本化しておくと、誤解や行き違いを防ぎやすくなります。
外部関係者とのトラブル事例
- 事業承継の直後、主要な取引先から「5%の値下げ」と「支払いの延期」を求められ、利益が大きく減ってしまった
- 仕入先から「発注量の増加」と「前払い」を求められ、在庫や資金に余裕がなくなった
- 銀行からは「保証人を続けること」を条件にされ、新たな融資を受けづらくなった
これらのトラブルは、事前の準備が不十分だったことが原因と言えます。
取引先や銀行との関係は契約書だけでは守りきれないため、どの条件を受け入れ、どの部分を見直すのかをあらかじめ整理しておくことが大切です。
交渉の際は、価格や市況などの根拠をしっかり示せるようにしておくと、信頼関係を保ちながら話を進めやすくなるでしょう。
財務・税務のトラブル
事業承継後は、お金や税金に関するトラブルにも注意が必要です。
退職金の支払い・資産の引き継ぎ・税金の計算などが重なる時期は、確認不足のまま進めると思わぬ負担や手戻りが発生しやすくなります。
原因の多くは、記録の曖昧さや準備不足と言えるでしょう。
誤りがあると後の修正に時間も費用もかかるため、早めに専門家へ相談し、確実に手続きを整えておくことが大切です。
財務・税務のトラブル事例
- 役員退職金の金額を「これまでの慣例だから」と決めていた結果、税務調査で「高すぎる」と判断され、経費として認められず追徴課税を受けた
- 営業の引き継ぎで、非課税の土地と課税対象の設備をまとめて移したため、計算を誤り追加の税金を払うことになった
- 固定資産や在庫の金額を見直さずに引き継いだことで、あとから監査で修正を求められた
これらのトラブルは、「これまでのやり方で大丈夫だろう」と確認を省いてしまったことが原因と考えます。
金額・日付・判断の理由などは必ず記録に残し、書類を整えておくようにしましょう。
また、形式的に終わらせず、誰かが内容を確認する仕組みを作っておくと、同じ失敗を防ぎやすくなります。
承継手続き・法務上のトラブル
事業承継のタイミングでは、登記や許認可などの手続きを忘れてしまうトラブルも起こりやすいと言えるでしょう。
例えば社長の変更手続きをしないまま契約を進めたり、営業に必要な許可の名義変更を忘れたりすると、取引や営業が止まってしまいます。
また、社員やお客さまの個人情報の扱い方を新しい体制で決めていないと、「説明が足りない」と不信感を持たれるおそれも考えられます。
これらの手続きは会社の信頼を守るための大切なものなので、「あとでやればいい」と考えず、早めに確認しておくようにしましょう。
承継手続き・法務上のトラブル事例
- 新しい社長への変更手続きを遅らせたため、取引先の確認で契約が一時ストップした
- 営業に必要な許可の名義変更を忘れ、行政への対応に追われて営業の再開が遅れた
- お客さまに個人情報の扱いについて説明をしなかったことで、不信感を招き問い合わせが増えた
これらはいずれも、「形式的な手続きだから問題ない」と油断したことが原因と考えられます。
小さな手続きの遅れでも、信用を失ったり仕事が止まったりすることがあるため、後回しにせず早めに確認して確実に完了させるようにしましょう。

事業承継後のトラブルの原因は?
事業承継後のトラブルの原因は、大きく分けて以下の4つが考えられます。
- 後継者の教育や引継ぎが不十分
- 相続問題が生じる
- 事業承継のための準備不足
- 誰にも相談しない
これらはひとつだけで起こることは少なく、いくつもの問題が重なって大きなトラブルにつながるケースが多く見られます。
ここからは、それぞれの原因について、わかりやすく解説していきます。
後継者の教育や引継ぎが不十分
事業承継後のトラブルで最も多い原因のひとつが、後継者の教育や引継ぎが不十分なことです。
会社のなかには、「昔からこうしてきた」「なんとなくそうなっている」といった言葉で説明されていないルールが多く存在します。
それが十分に伝わっていないと、新しい社長が就任しても現場が迷い、会社全体の動きが鈍くなることがあるでしょう。
引き継ぎは、以下のような実際の業務をともに経験しながら、学ぶことが大切です。
- 取引先への訪問や銀行との面談に同行し、判断の考え方を共有する
- 仕入れや人事の打ち合わせに同席し、背景や意図を理解する
- 会議や契約の決裁を一緒におこない、決め方の流れを体感する
また経営は数字だけでなく「誰に相談すれば話が早いか」といった人とのつながりも重要なため、情報を整理して記録に残し、定期的に確認するようにしましょう。
そうすることで、後継者が安心して判断できるようになり、会社の動きも自然と安定していくはずです。
相続問題が生じる
事業承継と相続は、切り離して考えることができない密接な関係にあります。
例えば、株の分け方・決定権・遺留分(一定の相続人に保障される最低限の取り分)などが曖昧なままだと、家族間の話し合いが長引き、会社の大事な決定が進まなくなることがあります。
こうした事態を防ぐには、相続が起きても会社の経営が止まらないよう、あらかじめ仕組みを整えておくことが大切です。
- 「誰がどのように決めるのか」「株をどう引き継ぐのか」を文書にしておく
- 「誰がどの役割を担うのか」を遺言などで明確にしておく
また、利益の分け方(配当)は感情ではなく、会社の資金状況や今後の投資計画をもとにルールとして決めておくとよいでしょう。
あらかじめ話し合いと合意をしておけば、家族の意見の違いで経営が止まるような事態を防ぐことができるはずです。
事業承継のための準備不足
事業承継では、準備不足もトラブルの大きな原因になります。
以下のようなことを「あとでやればいい」と思って先送りにすると、契約や手続きの抜けが後から深刻な問題に発展しかねません。
- 契約書の更新期限を確認していない
- 社内ルール(就業規則など)が古いままになっている
- 必要な許可や届け出の引き継ぎを忘れている
- 個人情報の管理が整理されていない
こうしたトラブルを防ぐには、まず会社の情報を一覧にまとめることが大切です。
契約内容や社内ルール、許可の状況などをひとつずつ確認し、理由や説明も合わせて整理しておくとよいでしょう。
また、「誰が・いつまでに対応するのか」を決めて進めることで抜け漏れを防ぎ、安全に承継を進めることができるでしょう。
誰にも相談しない
「社内だけでなんとかなる」と考えて、誰にも相談せずに事業を引き継ぐのはとても危険だと考えます。
家族や身内だけで話を進めると、感情がぶつかったり思い込みで意見が食い違ったりして、話し合いが長引くというのは、よくあるケースです。
一方で専門家など第三者が関わることで冷静に状況を整理しやすくなり、どの問題から手をつけるべきか、どのような順番で進めるかが明確になります。
地域の相談窓口・支援センター・顧問・弁護士・税理士など、信頼できる人たちと連携して進めるのがおすすめと言えるでしょう。
いろいろな立場の人の意見を聞くことで見落としを防ぎ、安心して次のステップへ進むことができます。
相談することは「弱さ」ではなく、トラブルを防ぎ、正しい判断をするための大切な準備だと考えるとよいでしょう。
以上のようなトラブル対策をしておくのはもちろん、事業承継でやるべきことについては、以下の記事にもまとめています。
関連記事:事業承継でやるべきことリストを紹介!必要な知識や書類・課題についても解説!
事業承継後にトラブルを起こさないための対応策

事業承継後のトラブルを防ぐには、問題が起きてから対応するのではなく、「仕組み」で予防する考え方が大切です。
まずは次の3つの流れを意識して整えていくと、安心して新しい体制を軌道に乗せることができるでしょう。
1.見える化と記録の共有
「誰が・何を・どう決めるのか」を整理し、社内ルール・契約内容・退職金の金額・手続き方法などを文書にして残しておくと、後の誤解を防げるはずです。
2.ルールづくりと教育
就業規則や会議の進め方など、社内の基本ルールを整え、管理職が共通の判断基準で動けるように研修をおこないましょう。
取引や交渉の対応方法も、あらかじめひな形をつくっておくとスムーズです。
3.定期的な確認と見直し
資金の流れ・業績の状況・金融機関との関係・社内のルールを定期的に見直したり、必要に応じて改善する仕組みをつくっておくと安心できるでしょう。
まずは「仕組みの骨組み」を整え、そのあとに運用しながら少しずつ定着させていくのがおすすめです。
こうした流れを意識することで、小さな問題の芽を早い段階で見つけて解決できるようになるでしょう。
ここからは、具体的にどのようなトラブルが起きやすいのか、対策のポイントをわかりやすくご紹介していきます。
経営面・社内トラブルへの対策
経営や社内のトラブルを防ぐためには、「誰が・何を・いつまでに・どう決めるのか」をはっきりさせておくことが大切です。
まず、会社のなかでの決め方や判断の流れを整理し、「誰にどこまで任せるのか」「最終的に誰が決めるのか」を文書にまとめておきましょう。
会議を開くときはあらかじめ話す内容や目的を決め、終わったあとには「誰が・いつまでに・何をするのか」を記録に残しておくと、あとで確認しやすくなります。
また、就業規則などの社内ルールは、時代に合った内容に見直し、仕事内容に合わせて評価や給料の仕組みを整えると、不満や不公平感を減らすことができるはずです。
さらに、ハラスメントの防止や相談窓口の設置も重要と考えます。
相談しやすい環境をつくり、管理職にも対応方法を学んでもらうことで、問題を早い段階で見つけて解決しやすくなるはずです。
このように「決め方・ルール・相談体制」を整えることで、社員が安心して働ける職場を保ちやすくなるでしょう。
親族間トラブルへの対策
親族間のトラブルを防ぐためには、「口約束ではなく、きちんとルールにすること」が何より大切と言えます。
まず退職金の金額をその場の感覚で決めるのではなく、第三者の意見も取り入れて金額を決め、いつ・どのように支払うのかを文書に残しておくようにしましょう。
次に、株の扱いについても「誰がどのように決めるのか・株を誰に譲ってよいのか・もしものときはどうするのか」といったルールをあらかじめ決めておくことが大切です。
そうすることで家族の関係や感情に左右されず、会社の判断をスムーズに進めることができます。
また利益の分け方(配当)については、気持ちではなく数字で説明できるよう、会社の状況や今後の投資計画に合わせて、わかりやすい基準をつくるとよいでしょう。
さらに、相続が発生したときの負担や役割を前もって整理しておくことも重要になります。
家族で話し合うときは「会社を守るための正式な手続き」としてとらえ、口頭ではなく書面に残すようにしておくと、後の誤解を防ぐことができるはずです。
外部関係者とのトラブルへの対策
取引先や銀行など、外部関係者とのトラブルを防ぐためには、事前の準備と丁寧な説明が欠かせません。
まずは取引先との契約内容を整理し、「価格・支払いの時期・契約を終わらせるときのルール」などを一覧にしておきましょう。
これにより、どの条件を見直せるかがすぐにわかり、交渉の際も落ち着いて対応できるはずです。
もし値下げや支払い条件の変更を求められた場合は、仕入れ価格や配送費の変動など、数字や資料をもとに説明すると納得してもらいやすくなります。
また、銀行とはこまめに連絡を取り合い、業績やお金の流れを共有しておくとよいでしょう。
社長個人の連帯保証である経営者保証や融資条件の見直しも、早めに相談しておくと安心です。
外部との関係を安定させるための基本は、「準備・説明・誠実な対応」と考えます。
情報をしっかりと整理し、交渉窓口をひとつに絞り、伝える内容を統一したうえで丁寧に伝えることで、信頼を守ることができるはずです。
財務・税務トラブルへの対策
財務や税務のトラブルを防ぐには、早めの整理と記録の確認がとても大切です。
まず会社の資産や事業を引き継ぐときには、「どの部分に税金がかかるのか・かからないのか」をはっきりさせておきましょう。
どの資産にいくら支払うのかといった支払いの内訳も、契約の段階で決めておくことが安心につながります。
退職金については、金額の根拠や一括か分割かといった支払い方法、支払う時期をあらかじめ決めておいたうえで、会議の記録や振込の記録も残しておくと、後々のトラブルを防げるはずです。
また、建物・設備・在庫などの資産は、引き継ぐタイミングで数や金額を見直し、帳簿に書かれている内容と実際の状態を揃えておきましょう。
税理士などの専門家に一度チェックしてもらうと、申告漏れや計算ミスを早く見つけることができ、将来の大きなトラブルを防ぐことにつながります。
承継手続き・法務上のトラブルへの対策
承継手続き・法務上のトラブルを避けるには、「誰が・いつ・何をするのか」をはっきり決めておくことが大切です。
まず、社長交代の決定・登記・行政への申請・社内ルールの更新・取引先や関係者への連絡などを時系列で整理し、担当者と期限を決めておくと抜けや遅れを防げるでしょう。
会議の記録や決定書類は、あらかじめテンプレートを用意しておいたり、必要な書類をチェックできる一覧表をつくっておくのもおすすめです。
また顧客や社員の個人情報を扱うときは、ルールやもしものときの対応方法を社内で共有しておきましょう。
誰でも理解できるようにまとめておくことで、万が一のトラブルにも落ち着いて対応できるはずです。
定期的に契約・許可の更新時期・社内ルールの改定内容などを点検する仕組みを作ることで、小さなミスが大きな問題になるのを防げます。

M&Aの場合の事業承継トラブルは?
M&Aによる事業承継では、親族間で引き継ぐ場合とは異なり、会社同士の調整や契約内容の違いからトラブルが起こりやすくなると考えます。
特に次の3つの場面では、問題が発生しやすいと言えるでしょう。
- 経営統合(PMI)に関するトラブル
- 買収価格・契約に関するトラブル
- その他のトラブル
それぞれについて、詳しく解説していきます。
経営統合(PMI)に関するトラブル
M&Aで特に起こりやすいのは、会社同士をひとつにまとめる経営統合(PMI)の段階での混乱です。
買う側と買われる側では、人事制度や評価の基準が違うことが多く、同じ仕事をしていても給料や待遇に差が出てしまうことがあります。
こうした不公平感が広がると、やる気の低下や優秀な社員の退職につながると考えられるでしょう。
またITシステムがうまく連携できないと、顧客情報や会計データが重複し、現場の作業が止まってしまうこともあります。
さらに、会社ごとの文化や意思決定の進め方が違うままだと、「誰の指示を優先すべきか」が曖昧になり、混乱を招く可能性も想像できます。
これらを防ぐためには、統合の目的・流れ・重要な目標を早い段階で全社員に共有しておくことが大切です。
会社の文化をなじませるには時間がかかるため、最初からすべてを一度にまとめようとせず、時間をかけて重要な部分から段階的に進めるのがよいでしょう。
買収価格・契約に関するトラブル
M&Aでは、買収価格や契約内容をめぐるトラブルも少なくありません。
例えば、会社を引き継いだあとに在庫や資金の状態が事前の説明と違っていた場合、「支払う金額を変えるべきだ」として買う側と売る側が対立してしまうことがあります。
また契約のなかで「どのような責任を負うのか・問題が起きたときにどちらが対応するのか」をはっきり決めていないと、あとから未払いの税金や隠れた借金が見つかったときに揉めてしまうことも考えられるでしょう。
さらに、将来の業績に応じて追加でお金を払う「アーンアウト」という仕組みを使う場合は、利益の計算方法をめぐって「数字が操作されたのではないか」と不信感が生まれることも考えられます。
こうしたトラブルを防ぐためには、契約前に会社の実態をしっかり調べておくことが大切です。
お金・契約・税金のそれぞれの面を確認し、金額や責任の範囲を明確にしてから契約を結ぶようにしましょう。
その他のトラブル
M&Aによる事業承継では、契約や経営の引き継ぎ以外の部分でも、思わぬトラブルが起きることがあります。
よくあるのは、買収をきっかけに取引先が離れてしまったり、会社の中心人物が退職してしまうケースです。
「この人がいるから取引していた」「この担当者だから信頼していた」といった関係が途切れると、売上や利益が急に落ちることもあります。
また買収後に会社の名前やブランドの使い方を誤ると、「会社の方針が変わったのでは?」と顧客に不安を与えてしまうことも考えられます。
さらに、許可や届出の手続きが抜けていたり個人情報の管理にミスがあると、行政からの指導や顧客からの苦情につながるおそれもあるでしょう。
このような問題の多くは、ちょっとした確認不足が原因と言えます。
関係者への丁寧な説明と、事前のチェックリストでの確認を徹底することで、トラブルを未然に防ぐことができるはずです。
こういったトラブルを聞くと、M&Aでの事業承継は難しいのではないかと感じてしまうかもしれません。
ワンマン社長の事業承継はどうすればいい?

「社長がすべてを決める」ようなワンマンと呼ばれる体制で長く続いてきた会社では、事業承継のときに判断の空白や社長しか知らなかった情報の消失が起こりやすくなります。
例えば「最終的に誰が決めるのか」が曖昧なままになると社員が動けず、仕事が止まってしまうようなことが考えられるのです。
また、社長や特定の社員しかわからない仕事のコツや取引ルールが多いと、引き継ぎのときにミスが起きやすくなると言えるでしょう。
営業の見積もりや取引の判断が、社長の頭の中や個人のメモにしか残っていないため、忙しい時期に混乱するというケースも珍しくありません。
このような場合の事業承継では、次の3つの対策を意識することが大切です。
- 会社の状況を客観的に把握する
- ワンマン経営から組織経営へ移行する
- ステークホルダーとの関係を再構築する
それぞれのポイントを詳しく説明します。
会社の状況を客観的に把握する
まずは、会社の今の状態をしっかり把握することから始めましょう。
「なんとなく大丈夫」「感覚的にうまくいっている」ではなく、数字や記録を使って現状を見える形にしておくことが大切です。
例えば、売上・利益・在庫・入金・支出などをまとめた一覧表を作り、毎週「先週と比べてどう変わったか」を確認していくのがおすすめです。
また、主要な取引先・仕入先・銀行との関係を図にして整理し、それぞれの担当者や気になる点をまとめておくと、全体の流れがつかみやすくなるでしょう。
「値引きの相談が増えた」「支払いが遅れた」などの小さな変化にも気付けるよう、チェック項目を決めておくと安心です。
会議では、「報告・判断・実行」をはっきりと分け、「誰が・いつまでに・何をするか」を明確にしておくと、問題の早期発見につながります。
ワンマン経営から組織経営へ移行する
次に大切なのは、「社長だけが決める会社」から「みんなで動ける会社」に変えていくことです。
まずどの仕事を誰がどの範囲まで決めてよいのかを、金額や内容に応じて判断できるようにしておくと、社長以外の人も自信をもって動けるようになります。
会議は、目的・話す内容・決めることを整理し、似た内容の会議はひとつにまとめてスッキリさせましょう。
また、働き方のルールや評価の仕組みも見直し、「誰がどのような役割で、どう成果を出せば評価されるのか」を明確にしておくことが大切です。
社内で安心して意見を言えるよう、相談窓口やハラスメント対策の体制を整えておくのもよいでしょう。
権限を渡すときは、小さなことから任せて、早めに振り返るのがポイントになります。
失敗を責めるのではなく、原因と改善策をチームで話し合うことで信頼関係が深まり、自分で考えて動ける組織へと成長していけるはずです。
ステークホルダーとの関係を再構築する
事業承継後は、取引先や銀行といったステークホルダーとの信頼関係をもう一度築き直すことがとても大切です。
相手に安心してもらうことが、これからの関係を良くする第一歩と言えるため、まずは主な顧客・仕入先・銀行などを一覧にまとめ、会社の新しい体制や今後の方針を早めに伝えておきましょう。
取引条件や契約の話し合いをする際は、数字や資料などの根拠を示しながら説明することで説得力が増し、信頼も深まるはずです。
また、銀行には定期的に会社の状況を伝え、経営者保証などの見直しを少しずつ進めるとよいでしょう。
社内に対しても、会社の考え方や方針を何度も伝え、社員との対話を増やすことが大切になります。
こうした丁寧なやり取りを積み重ねることで、外の変化に強く、信頼される会社へと成長していけるはずです。
企業の事業承継の成功例は?
事業承継が成功している会社には、「小さなトラブルを早めに見つけて対処している」という共通点があると考えます。
例えば長崎県の老舗旅館「雲仙湯元ホテル」では、後継者がいないなかでも「社員の雇用を守る・取引を続ける・屋号を残す」という3つの条件を大切にし、地元の企業へ会社を引き継ぐことを叶えています。
その後、支援機関の協力を受けて契約をまとめ、建物の改装や販路の拡大をおこないながら事業を続けているそうです。
参考:事業承継・引継ぎ支援センター|〈事例3〉雲仙湯元ホテル
また、石川県の金属加工会社「株式会社新家製作所」は、社長の急逝で経営が厳しくなった際、「後継者人材バンク」を通じて事業を引き継ぎたい人と出会い、約9ヵ月での引継ぎを実現しています。
その後、公的な融資制度も活用しながら、社員の雇用を守りつつ再出発を果たしているそうです。
参考:事業承継・引継ぎ支援センター|〈事例10〉株式会社新家製作所
事業承継を成功させるための相談先とは
事業承継を成功させるには、まず「何を決めたいのか」をはっきりさせ、その内容に合った専門家へ相談することが大切と言えます。
例えば、弁護士は「契約のトラブルを防ぐ専門家」です。
株主間の取り決め・退職金のルールづくり・契約書の確認などを任せると安心でしょう。
税理士や公認会計士は会社の価値・税金の対応、社会保険労務士は就業規則・働く環境の整備が担当です。
金融機関は資金繰りや保証の見直し、商工会議所・業界団体は後継者探しや取引先紹介を支援してくれます。
また、事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的な相談窓口も、情報収集や専門家紹介に役立つでしょう。
それぞれの専門家と協力しながら、定期的に進捗を確認し、「社内でできること」と「外部に頼むこと」を早めに分けて進めると、スムーズに承継を進めることができるはずです。
事業承継の相談先については、以下の記事にも詳しくまとめたので参考にしてください。
関連記事:事業承継の相談先10選を紹介!相談費用は無料なのか・選び方のポイントも解説!
事業承継のトラブル回避は「TORUTE株式会社」へ

事業承継でトラブルを防ぐには、早めの準備と、会社全体を見渡しながらサポートしてくれる信頼できるパートナーが欠かせません。
TORUTE株式会社では、事業承継の最初の計画づくりから、トラブルが起きた際の再発防止・承継後の成長支援まで、現場に寄り添ってサポートさせていただいています。
他の専門家とも連携しているため、契約・社内ルール・許認可・人事体制など、会社の土台を一緒に整えることが可能です。
まずは、今の状況を整理するためのご相談からでも構いません。
「事業承継に役立つ無料マニュアル【完全版】」もプレゼントしておりますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。
\事業承継マニュアル無料プレゼント!/
まとめ
事業承継後のトラブルをそのままにしておくと、会社の判断が遅れたり、組織の動きが止まってしまうことがあります。
大切なのは、問題が起きてから慌てて対応するのではなく、あらかじめ防ぐ仕組みを作っておくことです。
例えば、以下のような事を承継前から進めておくとよいでしょう。
- 誰がどこまで決められるかをまとめた権限表の作成
- 契約書や許認可の確認
- 退職金や配当のルールづくり
- 就業規則や相談窓口の整備
承継後はまず現状を整理して意見を揃え、そのあとに仕組みを整えていくと、次の成長につなげやすくなります。
早めの準備こそが、将来の安心と安定した経営を生み出す第一歩と言えるでしょう。
この記事を監修した弁護士
西田 幸広 法律事務所Si-Law代表
弁護士・法律事務所Si-Law/(株)TORUTE代表・西田幸広 熊本県を中心に企業顧問70社、月間取扱160件以上(2025年8月時点)。登録3,600社・20超業種を支援し、M&A・事業承継を強みとする。弁護士・司法書士・社労士・土地家屋調査士の資格保有。YouTubeやメルマガで実務解説・監修/寄稿多数。LINE登録特典で「事業承継まるわかりマニュアル」提供。
まずはお気軽にご連絡ください
受付時間/AM8:30~PM5:30(土日・祝休)
事務所概要
熊本
熊本市東区桜木3-1-30 ヴィラSAWADA NO.6 102号室
福岡
福岡県福岡市中央区天神2丁目2番12号T&Jビルディング7F
コラム一覧
- 2025年11月27日事業承継の費用の相場はどれくらい?税金対策や補助金・誰が負担するのかも解説!
- 2025年11月27日事業承継と会社売却の違いは?メリット・デメリットや従業員はどうなるのかも徹底解説!
- 2025年11月27日事業承継後のトラブルで起こりやすい事例は?原因や対応策・成功例までまとめて紹介!
- 2025年11月27日事業承継の相談先10選を紹介!相談費用は無料なのか・選び方のポイントも解説!
- 2025年11月26日事業承継の企業価値とは?算出方法や3つのアプローチ・高値がつくケースも解説!
- 2025年11月26日事業承継の後継者不足の原因は?担い手がいない理由や解決策・成功例まで紹介!
- 2025年11月26日中小企業の事業承継問題とは?課題や問題点・具体例についてもわかりやすく紹介!
- 2025年11月25日事業承継の後継者不在の現状は?年代・業界別の問題や原因・解決策もまとめて解説!
- 2025年11月25日事業承継の補助金や助成金は?2025年度はいくらもらえるのか・対象経費も解説!
- 2025年11月25日事業承継の手続きで法人の場合の流れは?必要書類や税金などの費用・補助金もまとめて解説!
- 2025年11月24日事業承継に使える補助金は?2025年度のスケジュールや申請方法・対象経費なども解説!
- 2025年11月24日事業承継でやるべきことリストを紹介!必要な知識や書類・課題についても解説!
- 2025年11月24日事業承継ファンドとは?活用が有効なケースやメリット・デメリットも紹介!
- 2025年11月23日事業承継税制の要件とは?特例措置と一般措置の違いやメリット・デメリットも解説
- 2025年11月23日事業承継とM&Aの違いは?メリットとデメリットや選び方のポイント・課題も徹底解説!
- 2025年11月23日事業承継とは?基本的な考え方や支援制度・手順までをわかりやすく徹底解説!
- 2025年3月14日親の会社を継ぐメリットやデメリットとは?引き継ぐポイントなど
- 2025年3月7日企業価値を高める5つの方法|メリットや評価方法なども解説
- 2025年2月14日事業承継対策の方法とは|必要性や流れ、成功のポイントなど
- 2024年12月6日事業承継は弁護士へ相談すべき?役割や費用相場、選び方など
- 2024年11月22日事業承継のマッチング支援とは?利用するメリット・デメリットなど
- 2024年11月15日事業承継の専門家14選|種類・役割・選び方・補助金を詳しく解説
- 2024年11月1日事業承継と廃業はどちらを選ぶべき?それぞれのメリット・デメリットなど
- 2024年10月25日経営承継円滑化法とは?事業承継で活用できる支援制度をわかりやすく解説
- 2024年10月18日事業承継対策で自社の株価を下げる10の方法|評価方法もあわせて解説
- 2024年10月11日事業承継における11の失敗事例|原因や成功させるポイントを詳しく解説
- 2024年9月20日事業譲渡における従業員への影響|退職金の扱いや注意点などを詳しく解説
- 2024年9月13日承継会社とは?分割会社との違いやメリット・デメリット、手順などを解説
- 2024年9月6日事業承継特別保証制度とは?メリット・要件・利用方法をわかりやすく解説
- 2024年7月5日事業承継ガイドラインとは?概要や策定の背景をわかりやすく解説
- 2024年6月14日農業を事業承継するには?方法や成功に導くためのポイントを解説
- 2024年6月7日事業承継の計画について|策定の手順・ポイントや計画書の書き方
- 2024年5月31日事業承継における中小企業の現状や課題は?解決策とともに弁護士が解説
- 2024年5月24日事業承継のための融資「事業承継ローン」の種類や利用の流れについて
- 2024年5月10日株式譲渡による事業承継とは?譲渡の方法や成功させるためのポイント
- 2024年5月2日相続対策としての事業承継|事業承継税制などの相続税対策も解説
カテゴリー一覧
タグ

